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あと一勝――京大戦、11勝12敗の惜敗|田中康宣
原題:昭和五十四年度 対京大戦をふり返って 昭和54年5月27日、靱公園で行われた恒例の対京大戦。新幹部にとって初めての対外試合は、雨に見舞われながらも全23試合を消化し、結果は11勝12敗という、あと一歩の惜敗でした。序盤の5連敗から一転、中盤には阪大が猛追。「全敗したら幹部全員丸坊主」という冗談まで飛び交った一日の緊張と興奮を、当時二回生だった田中康宣さんが振り返ります。 新幹部、初めての対外試合 今年も5月27日に、靱公園にて対京大戦が行われた。結果は別記の通り、11勝12敗という惜敗であった。 この京大戦は、新幹部としての初の対外試合であり、不慣れなまま準備は進められた。 5月の連休前後に京大との連絡をとり、京大はコート取り、阪大はコンパの担当ということを確認しあい、だいたいの日程及び形式を決定した。 その際、強く「実力によるランクづけ」を要望したのだが、今年もまた一部で年功序列が見られたのは残念だった。 一方、阪大内においては、京大戦のエントリーを告示したのであるが、なかなか人数が集まらず、幹部によって個人個人に出場の有無を聞いてまわっ
yasunoritanaka
5月12日読了時間: 3分


「シビアな田中君」と呼ばれた一年|田中康宣
原題:会長としての一年間をふり返って 一回生の冬、「会長にならされるぞ」といううわさは、春合宿で現実になった。新入生の勧誘、万博のコート取り、練習メニュー作り、各種大会、そして夏合宿――。次々と押し寄せる行事の中で、「シビアな田中君」と呼ばれながら同好会を率いた一年間。昭和54年度の活動を振り返るとともに、幽霊会員や早朝のコート取りなど、当時の同好会が抱えていた問題にも率直に触れた、若き会長の一年の記録です。 たよりない会長のはじまり 一回生の冬頃に、「会長にならされるぞ」といううわさを耳にしたのですが、その通りに春合宿で会長に選ばれてしまいました。 最初にやったのが会長のあいさつなのですが、これがなんと、今年卒業された木村さんに考えてもらったという、なんともはや、たよりない会長のはじまりでした。 春合宿から帰ってくると、やることはたんまり。新入生の勧誘や、万博のコート取り。練習ではメニュー作りをしなければならないし、本当にいそがしい毎日でした。 「シビアな田中君」 アッという間に5月になり、万博で強化練習が行われました。その頃からでしょうか、「
yasunoritanaka
5月6日読了時間: 5分
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