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「シビアな田中君」と呼ばれた一年|田中康宣

yasunoritanaka
5月6日
読了時間: 5分

原題:会長としての一年間をふり返って

一回生の冬、「会長にならされるぞ」といううわさは、春合宿で現実になった。新入生の勧誘、万博のコート取り、練習メニュー作り、各種大会、そして夏合宿――。次々と押し寄せる行事の中で、「シビアな田中君」と呼ばれながら同好会を率いた一年間。昭和54年度の活動を振り返るとともに、幽霊会員や早朝のコート取りなど、当時の同好会が抱えていた問題にも率直に触れた、若き会長の一年の記録です。

たよりない会長のはじまり


一回生の冬頃に、「会長にならされるぞ」といううわさを耳にしたのですが、その通りに春合宿で会長に選ばれてしまいました。

万博のテニスコートで仲間たちの強化練習を見守る若き会長と大阪大学テニス同好会の学生たち

最初にやったのが会長のあいさつなのですが、これがなんと、今年卒業された木村さんに考えてもらったという、なんともはや、たよりない会長のはじまりでした。

春合宿から帰ってくると、やることはたんまり。新入生の勧誘や、万博のコート取り。練習ではメニュー作りをしなければならないし、本当にいそがしい毎日でした。

「シビアな田中君」


アッという間に5月になり、万博で強化練習が行われました。その頃からでしょうか、「シビアな田中君」という声がささやかれ始めたのは。

そうそう、こういう声もあったのです。

「ねえねえ、私、どっちの班。あれ、田中班いやだわあ。吉川君とこ入れてよ」

こんな声を聞くたびに、ぼくの心はチクリ。

本当はみんなで和気あいあいにやりたかったのですけれど、会長という立場を考えると、どうしてもきびしくなってしまったのです。

次々にやってくる行事


強化が終わると、新歓コンパ(サンポード、京大戦、昨年の『Try Again』参照)、フレッシュ及びミックスダブルストーナメントと、次々に行事が行われ、夏休みに入ったのです。

夏休みに入ってすぐに、ニューカレッジアントーナメントがありました。その年はニューカレの担当校であり、男子シングルスに28人、男子ダブルスに12組、女子シングルスに2人、女子ダブルスに1組の参加者がありました。

成績は、男子シングルスで津田さんがBEST32、男子ダブルスで河瀬・尾崎ペアがBEST16、女子シングルスで田中さんがBEST16、そして女子ダブルスでは田中・井上ペアがBEST4という輝かしい記録がつくられました。

こういうすばらしい記録に比べ、自分の成績はあまりよくなく、同好会内の壁の厚さをひしひしと感じました。

今年のニューカレは主催校となり、河瀬・尾崎ペアがシード3に、井上・松井ペアがシード1に選ばれ、女子の参加人数も大幅に増えて、同好会の一大行事になってきたように思われます。

山中湖、夏合宿


ニューカレ後、一年の最大イベントである夏合宿が、8月7日〜15日に例年通り山中湖で行われました。

その年はいつもと違ってコートが遠く、だいぶ不満の声も上がりましたが、コート面数が12面もあり、充分納得のいく練習ができたように思われました。

また、アフターテニスの方も、班別コンパ、ファイアーストーム、花火大会など、盛大に行われました。

ただ、新入生の芸だけが半分翌日に延期になったのは残念でした。今年こそは、すばらしい芸を見せられるよう、今からがんばってほしいと思います。

山中湖の夏合宿でテニスの練習と夜の行事を楽しむ大阪大学テニス同好会の学生たち

合宿後の気のゆるみ


合宿から帰ってくると、ほっとしたせいか、庄内での練習はフリー練習ばかりで、ニューカレまであっという間に続きます。

するとやっぱり先輩に、

「合宿後、全然練習やってへんのんちゃうか。同好会という一つの団体やねんから、きちんと練習せなあかんで」

というおしかりの言葉を受け、怠慢化された自分に気づいたのですが、もうすぐ試験ということもあり、あまりピリッとせずに北中杯を計画し始めたのです。

その前年は、試験休みに男子ダブルスを計画したのですが、あまり盛り上がらず、二回生で行い、本戦は練習の合間に行うことになりました。

その頃から万博のコート取りの状況が悪くなり、コートがあまり確保できず、10月、11月は試合のためにほとんど練習できない状態になりました。

これでは正常な同好会の運営と言えるはずはありません。

やはり、昨年夏の『Try Again』で山本さんの指摘された通り、試験休みに予選を行い、大学祭期間中に一気に本戦を進めるという形にした方が、よりよい大会になると思います。

市大戦、そして地区対抗戦


北中杯も終盤にさしかかった頃、市大戦が行われました。

こちらの方はシングルスとダブルスを重ねないで出したのに、市大の方は重ねてきたので、もしかしたら負けるのではと心配されましたが、結果は別記の通り、今年も圧勝をおさめました。

市大戦が終わると、追コンを経てオフシーズンに入ったのですが、この頃、奥住さんの呼びかけによって地区対抗戦というのが行われ、KIM(神戸・池田・箕面)地区が第一回の優勝をおさめました。

以上、自分の感じたこと、思ったことをまぜながら、昭和54年度の同好会活動をふり返ってみました。

次に、この一年間で感じた問題点を一つ二つあげてみます。

「幽霊会員」という問題


まず一番問題であったのは、いわゆる「幽霊会員」の存在でした。

名簿には載っているが全然練習に来ない人。また、全然来なければこちらの方でバッサリけずれるのだけれど、忘れた頃にヒョコッと来られる人には困ります。

やっぱり練習に来るのだからけずれないし、非常に扱いに困ります。

同好会であるかぎり、せめて一週間に一度ぐらいは練習に来る。そして積極的に活動に参加する。そう心がけてほしいと思います。

星の輝く午前5時30分


第二の問題点は、土曜のコート取りのたいへんなこと。

昨年の秋ぐらいから、一般客の競争時間が早くなり、北中杯のため多くのコートを必要とする我々は、それ以上に早く並ばなければならず、午前5時30分集合――まだ空には星が輝いています――という処置をとらざるをえませんでした。

これでは女の子は来られないし、万博から遠い人は金曜の夜から泊まりがけで来なければなりません。

まだ星が輝く午前5時30分に万博のテニスコート確保のため並ぶ大阪大学テニス同好会の学生たち

こんな状態でよいはずはないのですが、結局いい案もなく、コートの必要上これらの点に目をつぶって、非正常なコート取りを続けなくてはならなかったのです。

今年も現在のところ、一、二回生の多大な苦労によって土曜の練習は続けられていますが、今一度、土曜のコート取りというものを一、二年の問題としてでなく、同好会全体の問題として考えてみるべきではないでしょうか。

一年間をともにした仲間へ


最後に、同好会の運営を共にした旧幹部諸君並びに、陰ながら力になってくださった同好会諸君に厚く感謝し、ペンを置かせていただきます。

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