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「鬼の北中」が同好会に託した思い|北中 捷靖
原題:私とテニス 大阪大学テニス同好会の創設から約6年。発足当初からコートに立ち続け、「鬼の北中」と呼ばれるほど厳しい指導で学生たちと向き合ってきた筆者が、その真意を語ります。厳しい練習は勝つためだけではなく、人として成長し、仲間との信頼を築くためのもの――。テニスを通じて何を学び、どのような同好会を築いてほしかったのか。その思いは、創設期を知る人には懐かしく、現代のOB・OGにも変わらない同好会の原点として伝わってきます。 同好会創設から六年 同好会が発足して六年が経過しようとしています。 四、五人の仲間が、余暇にテニスを楽しもうとしたことが同好会の始まりでした。 当時は、一回の練習に参加するのは平均十〜十五人ほど。在籍者は四十〜五十人ほどだったでしょうか。 皆で白球を追いかける毎日でした。 私一人で草取りをしたり、コートを整備したり、クラブハウスを整理したりしたこともあります。 「鬼の北中」と言われるほど、練習中は厳しかったことについては、今さら申し上げるまでもありません。 今年の春に卒業した皆さんが、一番よく覚えておられることでしょう。 厳
yasunoritanaka
7月7日読了時間: 4分


同好会創設の日々を振り返る|塩見 芳彦
原題:無題 大阪大学テニス同好会が産声を上げた昭和40年代後半。創設間もない頃から活動に加わった筆者が、同好会の歩みと青春の日々を振り返ります。北中助手との出会い、米子・大山での初めての夏合宿、大学紛争下だからこそ実現した練習の日々、そして歴代役員たちが築き上げた同好会の礎――。一人ひとりの熱意が積み重なり、現在へとつながる大阪大学テニス同好会が形づくられていく様子が、生き生きと描かれた貴重な記録です。 富士の雪景色とともに思い出すこと 先日の雪で、富士山は麓近くまで白く覆われ、東へ連なる丹沢の峰々も、くっきりと美しい岩肌を見せています。 昨年の夏以来、皆さんとお会いする機会がありませんでしたが、昨年はどのような一年だったでしょうか。そして今年は、どんな目標を持っておられるでしょうか。 皆さんの一年が実り多いものになることを願っています。 私自身は、昨年は大学生活最後の三年間よりも、はるかに多く練習することができました。 今年は十分にトレーニングを積み、できる限り一般の大会にも出場してみようと思っています。 さて、北中さんや高橋君(現・富士通)が
yasunoritanaka
7月6日読了時間: 5分


卒業しても、私たちは同好会の一員|梶川 健
原題:無題 大学を卒業して一年。それでも筆者は、「同好会を去ったとは少しも思っていない」と語ります。創設期のメンバーとして見つめてきた同好会の成長、そして後輩たちへ託す思い。それは単にテニスを楽しむ集まりではなく、一人ひとりが支え合い、新しい人間関係を築く場であってほしいという願いでした。OBとなった今も変わらない「同好会の一員」としての思いが、静かで温かな言葉で綴られています。 卒業しても、心は同好会にある 同好会の皆さん、お元気ですか。 私が大学を去ってから、早くも一年が過ぎました。 とは言っても、私自身は同好会を去ったとは少しも思っていません。 今でも、同好会の一員だと思っているのです。 振り返ってみると、私が同好会へ入った当時は、まだ組織らしい組織もなく、ただテニスの好きな仲間が集まり、一緒に練習しているという雰囲気でした。 それが数年の間に、このような充実した組織へと成長したことを、私は心からうれしく思っています。 もちろん、今でも運営にはさまざまな苦労があるでしょう。 しかし、それらは会員同士が協力し合えば、一つひとつ乗り越えていける
yasunoritanaka
7月5日読了時間: 3分


憧れのローラン・ギャロスとウィンブルドンを訪ねて|三島 修
原題:名コートをたづねて テニスを愛する者なら、一度は訪れてみたい世界の名コート。大学院時代の冬休み、ヨーロッパを旅した筆者は、全仏選手権の舞台ローラン・ギャロスと、全英選手権で知られるウィンブルドンを訪れました。静まり返ったコートに立ちながら思い浮かべるのは、世界の名選手たち、そして日本テニス黄金時代を築いた先人たちの姿。歴史あるコートを巡る旅を通して、テニスへの憧れと夢が綴られた、当時ならではの紀行エッセイです。 世界の名コートを訪ねる旅へ テニスはフランスに始まり、イギリスへ渡り、1873年にウィングフィールド少佐によって現在の競技に近い形へと発展したといわれています。 1877年にはウィンブルドン選手権が始まり、現在までその伝統は受け継がれています。 また、全仏選手権が初めて開催されたのは1891年のことです。 この冬休み、私はヨーロッパを旅する機会を得ました。 その旅の中で、ぜひ訪れてみたいと思っていた二つの名コート――ローラン・ギャロスとウィンブルドンを訪ねることができました。 冬のローラン・ギャロス ローラン・ギャロスは、パリ南西部
yasunoritanaka
7月4日読了時間: 5分


自分に正直に生きたい|早川たか子
原題:このごろ考えること、現在望むこと 「自分の気持ちに正直に生きたい。」そんな率直な思いから始まるこの一篇は、昭和の女子学生が自らの生き方について静かに綴った随想です。他人の価値観に流されず、人それぞれの自由や人格を尊重したいという考えは、時代を越えて今も新鮮に響きます。そして最後には、「西部劇が観たい」「ケーキが食べたい」という何気ない願いが添えられ、思索の中にも学生らしい素顔がのぞきます。 自分の気持ちに正直でありたい 私はいつも、自分の気持ちに正直に生きたいと思う。 他人の思惑は気にしないで生きたいし、世間的な常識の中だけで生きたいとも思わない。 もっとも、こういうことを言うこと自体が、多少なりとも世間的な常識を意識している証拠なのかもしれないけれど。 その時々の自分の気持ちを偽ってしまえば、必ずあとに後悔が残る。 それが恐ろしい。 その結果、いつも回り道をすることになっても、それは仕方がないと思っている。 違いを認め合える社会であってほしい これは人との関係についても同じことである。 自分と考え方が違うからといって、その人を頭から否定し
yasunoritanaka
7月3日読了時間: 2分


個性派プレーヤー大集合! われらが同好会・選手名鑑|高田 博史
原題:われらが同好会 大阪大学テニス同好会には、実に個性豊かな仲間たちが集まっていました。本記事は、高田博史氏が当時の主要メンバーを独自の視点で紹介した「選手名鑑」です。プレースタイルや技術だけでなく、性格や口癖、しぐさまで、時に辛口に、時にユーモラスに描写された文章からは、仲間同士だからこそ書けた温かな空気が伝わってきます。昭和の同好会誌らしい軽妙な語り口をできるだけ残しながら、読みやすい形に編集しました。 伊藤 武文選手 彼は、一、二年のころ活躍した選手である。今の一年、あるいは二年には、なじみが薄いかもしれない。 彼のテニスは「腕のみのテニス」と言えるかもしれない。 よくぞまあ、あれほど腰高の姿勢から、あの弾丸魔球が打てるものだと思うほど無理な姿勢である。 どうも根本的な改良が必要ではないか。 それに加うるに練習不足。 やはり彼は、室内コートでの活躍の方が目立つようである。 また、彼の魅惑的な独特の顔と、甘い、アマーイ口調は、しばしば女性を悩殺している。 今井 正幸選手 彼は、ビューティフルテニスを心掛けようとしているテニスバカである。..
yasunoritanaka
7月2日読了時間: 8分


テニスが好きだから、もっと強くなりたい|徳田 喜弘
原題:無題 テニスが好きだから続ける――。そんな素朴な思いから始まった筆者のテニスは、「正確さ」を追い求める守りのスタイルから、攻めるテニスへの転換期を迎えます。技術への悩み、試合の駆け引きのおもしろさ、そして同好会という組織への提言まで、ひとりの会員として率直な思いが綴られています。昭和の大阪大学テニス同好会が抱えていた課題と、テニスへの純粋な情熱が伝わる一編です。 テニスとの出会い ぼくはテニスが大好きです。同好会の中で今さらテニスが好きといっても仕方ないのですが、ぼくのテニスについて書いてみたいと思います。 ぼくはテニスが厳しいスポーツであることは以前から聞いていましたが、同好会ということで気楽な気持ちで入りました。しかし、次第にテニスの厳しさがわかってきました。 投げ打ちを数週間続けても、そこにボールが来ているのにうまく当たってくれない。暇な時に素振りを繰り返しても、どこが悪いのかわからない、もどかしさがありました。 最初は、ただラケットを買ったのだからという理由だけで続けていました。それから、ボールが当たるようになるにつれ、ぐんぐんその
yasunoritanaka
7月1日読了時間: 3分


有機化学とテニスの間で揺れる春|山田 康子
原題:有機化学とテニスと… 有機化学の試験を目前に控えた薬学部生の頭の中は、化学式だけではいっぱいになりません。試験勉強の合間には、料理教室のこと、専門課程への不安、女性としての将来、そして何よりも大好きなテニスへの思いが次々と巡ります。勉強に追われる理系学生ならではの日常と、テニスを心の支えに過ごした青春の日々が、軽快でユーモラスな語り口で綴られた一編です。昭和の学生らしい率直な感情が、今なお生き生きと伝わってきます。 試験前夜、頭の中は大混線 明日は有機化学と物理化学の試験。どちらも必修専門科目で、先生はオニ。 3.5キロもある有機化学の本を机の上にどんと広げ、黄色やピンクや赤、青ときれいに塗り絵をする。 「このページはちょっと黄色を使いすぎたかな。次からはピンクをもっと使って……」 それにしても、この「メンチルトリメチルアンモニウムヒドロキシド」というのは固体なのかしら、液体なのかしら。いや、ひょっとして気体ってことも……。 こんなの食べたらきっとまずいんだろうなあ。 どっちにしても今日は徹夜なんだから、あせらずゆっくりやろう。...
yasunoritanaka
6月30日読了時間: 4分


静かな春の夜、試験前の心を映した夢|米川 和延
原題:静夜 春の穏やかな青空とは対照的に、学生たちを待ち受ける試験期間。思うように勉強が進まない夜、頭の中は自然とテニスや故郷、友人たちの思い出へとさまよい始めます。そして見た、ひとつの切ない夢。夢を自分なりに分析しながら、試験前特有の焦燥感と向き合う姿が、静かな語り口で綴られています。昭和の学生生活の空気と、一人暮らしの夜の孤独、そして若者らしい繊細な心情が伝わる随筆です。 春です 春です。 今日も穏やかな青空が広がっていた。さあ、思い切り活動しよう! と誰もが張り切るそんな時になって、僕らは試験が始まるのです。 教科書とノートの何と恨めしいことか。例によって勉強の能率など上がるわけはない。従って頭は勝手に散歩を始めるのです。楽しかったテニスの思い出、故郷のこと、遠くや近くにいる友人たちのこと、我が国の問題について(?)、etc. 下宿生活の自由と、少しの寂しさ ふと思う。 僕は今、こうして下宿生活をしている。この生活には確かに自由がある。こうして夜遅く一人起き出して、ゴソゴソ机に向かったって、誰も何も言いはしない。朝、いくら遅くまで眠っていて
yasunoritanaka
6月29日読了時間: 3分


旅に出れば、きっと何かに出会える|森岡 清志
原題:ここまで*** テニスの話は先輩に任せて――。そう書き出した筆者が綴るのは、学生時代に夢中になった「旅」の思い出です。紀勢本線を巡る鈍行列車の旅、名松線のローカルな風景、沖縄返還調印日に偶然居合わせた東京での出来事、そしてユースホステルでの交流。観光名所を巡る旅ではなく、人や土地との出会いを楽しむ旅の魅力が、飾らない文章で語られています。昭和の学生らしい自由な旅の空気が伝わる一編です。 テニスよりも、旅の話を どうもテニスの話を始めても、たいしたことは書けそうにないので、その方面は先輩諸氏にまかせて、こちらは好きな旅の話でも書こうと思います。 高校時代はクラブの都合もあって、合宿やスキー以外、長く出かけるチャンスをつかめなかったのですが、夏に紀勢本線を鈍行列車で一周しました。 出発は夜10時ごろ天王寺発の寝台列車です。主に夜明け前に南紀で釣りをしようとする乗客や、和歌山方面へ安く行こうとする乗客(?)で、わりとにぎやかでした。 でも寝台はB寝台のうちでも最悪の上・中・下三段、人呼んで「C寝台」。頭は打つし、横にははみ出すやら、オンボロ列車に
yasunoritanaka
6月28日読了時間: 3分


猫のようには生きられない|宮野 知行
原題:魔性 下宿に居ついた一匹の猫を眺めながら、「人は猫のように平和に生きられないものか」と考える筆者。昼寝を楽しみ、気ままに暮らす猫と、人間の社会で生きる自分たちを対比しながら、少し哲学的な思索を綴っています。最後は春を迎えようとする猫の姿を温かく見守り、「この居候さんに幸いあれ」と結ぶ一編。昭和の学生下宿の日常と、何気ない出来事から人生を考える学生らしい感性が伝わってきます。 下宿の居候さん 僕の下宿に居候が約一匹います。 毎日、ばあさんどもの踊りや歌を子守歌として、南のひだまりで背を丸めて過ごしています。 この居候さん、実は猫なのです。 下宿の主人の足に咬みついて以来、ほどこしを受けていないから何を食べているか知らないけれど、毎日平和な顔をして昼寝を楽しんでいます。 人は猫のように暮らせるか さて、この猫を見て思うのですが、人は毎日この猫のように昼寝をして、生涯平和に暮らせないものかと。 しかし、どうもそのようにはうまくいかないのではないか、というのが結論です。 人には、猫と違って自意識があり、他人によく見られたい、より良くなりたいという意
yasunoritanaka
6月27日読了時間: 2分


心のモヤモヤと、同好会への思い|西井 隆儀
原題:無題 一人の人物を「冬の部屋に吹き込む冷たい風」にたとえた印象的な書き出しから始まる随筆です。そして話題は、自らの心の内側へと移っていきます。同好会に感じていた魅力の変化、テニスへの技術的不安、仲間との距離、そして自分自身への迷い。学生時代ならではの揺れる心情を率直に綴りながら、最後は古い言葉を引用して静かに締めくくります。若者らしい悩みと誠実さが、そのまま伝わってくる一編です。 冬の部屋に吹く風のように あなたは新鮮でした。一涼の風でした。 でもそれは、春の野の緑に満ちた風ではなかったのです。 冬、窓や戸を閉め切って、ストーブをつけて勉強していて、その暑さに頭が朦朧としてきた時、窓を開け放つ。 外の冷たい風が自分の頰をなで、頭の中をはっきりさせてくれる。 あなたは、いってみればそんな風だったようです。 公害に汚された空気かもしれないけれど、一服の清涼剤だったのです。 だから部屋の中が冷えてしまえば、あなたの存在価値はなくなってしまう。 だけど、いずれまた空気が淀んできて、あなたが必要になるに違いない。 その繰り返しだと思う。 同好会の魅力
yasunoritanaka
6月25日読了時間: 2分


テニス、故郷、そして一人旅|藤井 裕
原題:無題 試験への不安から始まり、テニスの課題、同好会運営への思い、そして四国への一人旅へ――。話題は次々と移り変わりますが、そのどれにも学生時代ならではの率直な気持ちが込められています。特に、久しぶりに訪れた故郷・松山で感じた時の流れや、社会へ出た同級生から受けた刺激は印象的です。同好会誌の発行を喜び、OB・先輩・後輩をつなぐ存在であってほしいと願う言葉からも、同好会への深い愛着が伝わってきます。 試験は何とか乗り切れそうです 文章というものは、いざとなると書きにくいものですね。 何を書こうかと迷っている間に、試験期間になってしまいました。 専門の試験というやつはやっかいですね。 各科目とも本一冊という広範囲で、とても一夜づけでは間に合わず、当日の目の調子が大きく左右する感じでした。 でも、どうにか今回は無事通過できたと思っています。 しかし、これ以上科目が増えてくると、とてもこの調子では乗り切れそうにありません。 テニスの一番の課題 試験の話はもうやめにして、「テニス」のことでも書こうと思います。 僕は高校一年からテニスを始めましたが、まだ
yasunoritanaka
6月24日読了時間: 4分


八年間つき合った僕の恋人|小寺 弘章
原題:僕の恋人――ある二十才の青年の衝撃の告白 中学一年で出会い、八年間つき合ってきた「恋人」。高校時代には、ほとんど毎日のようにデートを重ね、自己のすべてを捧げたという。しかし、長い年月の中で二人の間には次第に冷たい風が吹き始める。そして明かされる、恋人の意外な正体とは――。軽妙な恋愛告白から始まり、やがてテニスへの情熱、同好会という組織のあり方、人が目標を持つ意味へと考察を深めていく、ユーモアと真摯さに満ちた長編随筆です。 八年間つき合ってきた恋人 まず初めに、以下に述べることはすべて現実に起こったことであり、フィクションの要素は全くなく、赤裸々なまでの恋愛の告白である。 僕がその恋人と出会ったのは、そろそろ自我に目ざめ始めた中学一年生の時。それ以来、長いもので八年間のつき合いになる。 中学生の頃は、恋人だと自分自身考えたことなどなくて、このことを意識しだしたのは高校になってからである。 今から思えば、高校一、二年の時が、二人の関係において最も実り多き、充実感にあふれた幸せな時期であったように思う。 事実その当時は、テスト期間中か少しの休みを
yasunoritanaka
6月23日読了時間: 10分


負け方を知れば、勝ち方が見えてくる?|家治川 彰
原題:下手になるには 「どうすれば上達するか」ではなく、「どうすれば下手になれるか」を考えてみる――。豪快なボカ打ち、脚を使わない練習、不安を抱えたまま試合に臨むことなど、負けるための秘訣を逆説的に並べながら、普段の自分のテニスを鋭く振り返ります。失敗の原因を笑いに変えつつ、最後にはそのイメージに逆らってみようと決意する、ユーモアあふれるテニス論です。 上達法を読んでも、コートでは どうすれば上達するか、そして試合に勝つには……という本は汗牛充棟、ある。 (知ったかぶりをすると読んでくれない見本に……) 読んだ時には、ふむふむと頷き、いかにも名プレーヤーになった気分でいるのに、いざコートへ入ると、 「あっ、悪い!」 「ゴメン」 ……で、二、三分も打たないうちに、美しいイメージは姿を消し、現実の自分がコート内をもがく。 「一体、俺、うまくなるんかなあ」 と、ふと疑う。 それでは一度、今後、練習を通じて下手になるにはどうすればよいか、考えてみてはどうだろう。 (練習もせずに下手になろうなんて、もってのほかだ) 第一に、ボカ打ちすること まず第一に、練
yasunoritanaka
6月22日読了時間: 4分


上達への三大原則|清水 道正
原題:Tips on Tennis 「もっともっと上手になりたい」。そんな思いを持つテニス愛好者へ向けて、筆者が自らの経験から導き出した「上達のための三大原則」を紹介します。それは決して難しい技術論ではなく、「テニスを愛すること」「ボールをよく見ること」「フットワーク」という、誰もが知っているようで実践するのは難しい基本ばかり。昭和の大阪大学テニス同好会で培われた、今なお色あせないテニス哲学の第一回です。 もっと上手になりたいあなたへ もっともっと上手になりたいと思っているあなた。 そんなあなたに、ぼくの何年かのテニス歴から割り出した、上手になるための simple principles を紹介したいと思います。 今回は、テニスに関するあらゆるストローク(サーブ・ボレー・グランドストローク)に共通した、一般的な問題から入ることにします。 第一の原則 テニスをこよなく愛すること まず上手になるための第一。 それはテニスをこよなく愛することです。 同好会に入っている方で、テニスを嫌いな人は誰もいないでしょう。 でも、その好きさ加減には程度の差がかなり
yasunoritanaka
6月21日読了時間: 3分


やっぱりテニスよねえ|大數 雅子
原題:テニス一考 値上がりしたラケットを眺めながら、二年間のテニス生活を振り返る筆者。運動神経に悩み、敗戦に落ち込み、それでも季節が巡るたびにラケットを手にしてきました。三年生となり、専門科目の教科書とラケットの間で少しだけ迷いながらも、最後に出る答えは「やっぱりテニスよねえ」。短い文章の中に、学生時代の一年一年が凝縮された、爽やかなエッセイです。 値上がりしたラケット このラケット。 フレームだけで去年は5,800円也。 いまは8,500円。 「テニスも高くつく」 と、明るい窓のそばでラケットを眺めつつ考えることしばし。 二年間のテニス生活 テニスを始めて、はや二年。 初めの一年は、生来の運動神経のにぶさに悩まされ、二年目は調子づいていた秋に、練習試合で惨敗。 実力の限界を感じ、そうこうしているうちに、この春にはいよいよ三年目に突入。 私がこの二年間、思ったこと、悩んだことは、すべてテニスに関係しているし、学部の友人もほとんどテニスの仲間だけ。 限られた青春は、狭すぎるのでは……? 季節は巡っても 春になれば、うきうき外へ飛び出して素振り。 夏
yasunoritanaka
6月20日読了時間: 2分


小さな心が運んでくれるもの|西川 恵子
原題:無題 木の葉のように震え、今にも飛んでいってしまいそうな「ちっちゃな心」。そんな繊細な心を大切に抱きしめながら、いつか訪れる幸せな恋を静かに願う詩です。後半には、高校時代の友人が作詩したという映画『個人教授』をイメージした「愛のレッスン」が添えられています。青春の揺れる感情と優しさが伝わる、小さな詩集のような一篇です。 ちっちゃな心 ふるえてしまう。木の葉のようにちっちゃな心。 とんでいってしまう。大きな息をしのいで、そんなちっちゃな心。 ガラスの箱に入れましょう。 ビーズ玉のように。 気をつけて。 板のつぎ目に落ちてしまう。 そんなちっちゃな心。 ああ、だけど大切なんです。 私には何より大切なんです。 いつか私にも、幸福な恋ができるなら、 このちっちゃな心が、 きっと、きっと運んできてくれるに違いないのですから。 おまけ 映画『個人教授』より「愛のレッスン」 あなたは 私に 愛することの 楽しさと苦しみを教えてくれた。 だから今私は あなたの目の前から さようならも言わずに消えてゆく。 愛しているから あなたの心が 私のことのように 何で
yasunoritanaka
6月20日読了時間: 2分


あの夜の憂うつを書き留めたかった|於勢 好央
原題:「横寝考」 誕生日の夜、突然押し寄せてきた憂うつな気持ち。その時に書き留めておけばよかった──そう振り返りながら、自らの性格や劣等感、大学生活への迷いを静かに見つめ直した随筆です。勉強への自信のなさ、周囲との比較、友人関係の変化、そして「自分を動かすきっかけ」を探し続ける思い。華やかな学生生活とは対照的な、等身大の心の揺れが率直に綴られています。 書き留めておくべきだった 私は書き留めておくチャンスを失ってしまったのです。 あの時、書き留めておけば、こんなに後悔しなくてよかったはずなのです。 何故あの晩、あんなことを考えるようになってしまったのかは、まったくわかりません。 日頃うすうす思っていたことなのですけれど、あんなに強く私に迫ってきたことはなかったのです。 あれは今年の二月十一日で、非常にめでたい日だったのに。 (何故かって? 私の生誕日。) また、その前の十日は兄の結婚式だったのに。 何故あんなめでたい日に、あのような憂うつを味わったのか。 大学に入ってから感じ続けたこと この憂うつというのは、大学に入ってからずっと私のまわりにまと
yasunoritanaka
6月19日読了時間: 5分


「こうだ」と言えることはあるだろうか|今井 正幸
原題:「この頃思うことの一つ」 「書こうと思えばいくらでもある」と気軽に引き受けたものの、いざ書こうとすると何も書くことがない――。そんな率直な戸惑いから始まる短い随筆です。結婚式で耳にした祝辞をきっかけに、「人は本当に『こうだ』と言い切れるものなのだろうか」と自問する筆者。飾らない言葉の中に、社会人となって間もない頃の謙虚な人生観がにじむ一篇です。 軽く引き受けたものの いつでしたか大学で偶然山代君とお会いして、この企画を聞き、いつもの軽い返事で、 「うん、いいよ。」 「書こうと思えば、いくらでもあるから……。」 などと言ってしまいました。 しかし私の場合、どうも人に顧まれたりすると、必ずといっていいほど、 「うん、いいよ。」 と言ってしまい、いつも深く反省しています。 できないことは、はっきりと 「できません。」 と言える人間にならなくては、と思うのですが。 人に書くようなことは何もない 別によく考えなくとも、人に書くようなことは何もないというのが事実です。 この二月初め、気分転換も兼ねて従姉妹の結婚式のため東京へ行きました。...
yasunoritanaka
6月19日読了時間: 2分
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