有機化学とテニスの間で揺れる春|山田 康子
原題:有機化学とテニスと…
有機化学の試験を目前に控えた薬学部生の頭の中は、化学式だけではいっぱいになりません。試験勉強の合間には、料理教室のこと、専門課程への不安、女性としての将来、そして何よりも大好きなテニスへの思いが次々と巡ります。勉強に追われる理系学生ならではの日常と、テニスを心の支えに過ごした青春の日々が、軽快でユーモラスな語り口で綴られた一編です。昭和の学生らしい率直な感情が、今なお生き生きと伝わってきます。
試験前夜、頭の中は大混線
明日は有機化学と物理化学の試験。どちらも必修専門科目で、先生はオニ。
3.5キロもある有機化学の本を机の上にどんと広げ、黄色やピンクや赤、青ときれいに塗り絵をする。
「このページはちょっと黄色を使いすぎたかな。次からはピンクをもっと使って……」
それにしても、この「メンチルトリメチルアンモニウムヒドロキシド」というのは固体なのかしら、液体なのかしら。いや、ひょっとして気体ってことも……。
こんなの食べたらきっとまずいんだろうなあ。
どっちにしても今日は徹夜なんだから、あせらずゆっくりやろう。
明日は試験が終わったら、お料理教室にも行かなくっちゃ。何を作るのかな。西洋料理らしいけど、久しぶりにお菓子だったらいいのになあ。
それにしても、どうしてこんな難しいことばかり、やたら覚えることが多いのかしら。
こんなこと覚えて、一体何になるというのだろう。
専門課程への期待と不安
四月からは専門課程。
午前中は毎日講義、午後は土曜日まで実習。
そんな生活に耐えられるのかしら。
教養課程のときは、週二回実験があるだけでもその日はとても気が重かった。それでも火曜日はテニスができると思って、ひたすら火曜日だけを楽しみに一週間を送っていた。
なのに、その火曜日さえ取り上げられてしまったら、一体何を楽しみに毎日暮らせばいいというのでしょうか。
ああ。

女として生まれていながら、ありがたいのかありがたくないのかもわからないような中途半端な才能に、なまじ恵まれたために国立一期、それも理科系へ入り、二十一、二十二の女ざかりを白衣に包み、お化粧ならぬ薬品の臭いを漂わせながら、ひたすら試験管とベンゼン環をにらめっこして過ごそうというのだ。
味気ない気もする。
ひょっとして私は、誤った道を選んでしまったのではないのかしら。
それでも選んだ薬学の道
そんなことを思っていても、
「時代の変化とともに女性の生き方も大きく変わり、今や何らかの形で女の一生の中に仕事を組み込んでいかなければ、七十余年の人生を生き生きと生きられない時代になっている。」
そんな記事を読めば、
「それはもっともなことだわ。」
その点、薬学部を出れば薬剤師の免状も取れるし、女性としては最高の就職率も保証されている。
そう思うと満足感に――いや、自己満足に浸りきってしまう。
「それじゃあ、がんばって……なになに、『多置換化合物の求電子置換反応における配向性と反応性』か。」
ふむふむ……。
などと言っているうちに、ベンゼン環の二重結合が三重になり、四重になり……。
ふにゃふにゃ。

かたい枕。
寝心地最悪。
この3.5キロの本は、まったく枕以外の利用価値がないわ。
そう思いながらも、いくら最悪の枕でも、眠るということは最高の幸せ。
徹夜の決心もどこへやら、夜はまだ白みかけてもいないのに夢路をたどる――そんなある日の私。
私からテニスを取り上げたら何も残らない
そうです。
そうなんです。
私からテニスを取り上げると、何も残らないんです。
テニスのつれなさにはほとほと参ってしまい、絶望のどん底へ突き落とされる。
それでも二、三日もすれば、ただひたすら毛ばえボールを追いかけたくなる。
また振られることを十分承知のうえで、それでも取りすがってしまう。
そのテニスと、三か月ぶりで再会できる日が一日一日近づいています。
冬という季節を、こんなにも恨めしく思ったのは今度が初めてです。
春よ来い
あの夏の暑い日。
「二十歳にもなって、そんなに真っ黒になって恥ずかしくないの?」
そう言われても耳を貸さず、電車の中では大きなトーナメントバッグを抱えているものだから、インド人の海外旅行ではないかと思われるほど、じろじろ見られても、それでもただひたすらコートへ通った。
そんな毎日が、なんだか遠い日のことのように思えてくるのです。
四月からは、ほとんどテニスができなくなるのですから、春休みはそれこそテニスだけに明け暮れよう。
そしてコートにいる時は、一分だって無駄な時間を過ごすまい。

そんな悲壮な決心を固めている今の私です。
春よ来い
早く来い
テニスが大好きアコちゃんは
ボールとラケット見つめては
コートへ出たいと待っている





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