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旅に出れば、きっと何かに出会える|森岡 清志

yasunoritanaka
6月28日
読了時間: 3分

原題:ここまで***

テニスの話は先輩に任せて――。そう書き出した筆者が綴るのは、学生時代に夢中になった「旅」の思い出です。紀勢本線を巡る鈍行列車の旅、名松線のローカルな風景、沖縄返還調印日に偶然居合わせた東京での出来事、そしてユースホステルでの交流。観光名所を巡る旅ではなく、人や土地との出会いを楽しむ旅の魅力が、飾らない文章で語られています。昭和の学生らしい自由な旅の空気が伝わる一編です。

テニスよりも、旅の話を


どうもテニスの話を始めても、たいしたことは書けそうにないので、その方面は先輩諸氏にまかせて、こちらは好きな旅の話でも書こうと思います。

高校時代はクラブの都合もあって、合宿やスキー以外、長く出かけるチャンスをつかめなかったのですが、夏に紀勢本線を鈍行列車で一周しました。

出発は夜10時ごろ天王寺発の寝台列車です。主に夜明け前に南紀で釣りをしようとする乗客や、和歌山方面へ安く行こうとする乗客(?)で、わりとにぎやかでした。

でも寝台はB寝台のうちでも最悪の上・中・下三段、人呼んで「C寝台」。頭は打つし、横にははみ出すやら、オンボロ列車に加えてさんざんでした。

紀勢本線の夜行列車と南紀の海岸風景

海の方では、串本から新宮にかけての海岸線はぐっと魅力的です。あの日本海の青く澄んだ海もいいですが、それとはまた違った(一味チガウ……)美しさがあります。

白浜までは多くの人が行ったと思いますが、もう少し足を延ばしたら、もっとすばらしいところがあると思います。

ローカル線で見つけた風景


新宮・熊野・尾鷲と、紀勢本線とはいえかなりローカル色がありましたが、松阪から出ている名松線は、もっとはるかにローカルでした。

山の中を、いつ脱線するかわからないほど、くねくねと、

「ガケにも負けず、トンネルの深さにも負けず……」

走っています。

山間を走る名松線と無人駅ののどかな風景

そして、そのほとんどの駅は無人駅で、車掌が出札・改札、また駅へ出ては切符を受け取るという、忙しいがまたのんびりした楽しい光景も見られます。

それと共に、夏の暑い野道をほこりまみれになって歩いた時に受けた多くの親切や、名もない土地での新しい発見が、とても印象的でした。

東京で思わぬ職務質問


高校を卒業した春、まだ大学には合格していなかったのですが、日光と東京方面へ出かけました。

高校の友達といっしょだったけれど、東京都内では僕一人で街の中をうろうろしていました。この頃から悪い習慣がついていたようです。

ところが、ちょうどその日は沖縄返還の調印日なのです。

それを知らずに、国会議事堂付近のものものしい警備に驚いて、「何ごとか」と一人で議事堂あたりをうろうろしていたものですから、警備隊から職務質問を受け、所持品を検査されました。

袋の中のカメラの三脚は、パイプ爆弾かと疑われました。

よっぽど、ぼくの人相が悪かったのか……。

ユースホステルでの出会い


大学に入った後は、ひまと金さえあれば――というより、両者をむりやり作りだしては旅に出ました。

シーズン中でない時は、泊まり客がぼく一人だけだった日もありました。

でも、どこへ行っても、あちこちをうろうろするので、楽しさと同時に多くの失敗があります。

それから、大学のユースホステルクラブ(現在は退部寸前ですが)から、信州と四国でユースのヘルパーをしました。

四国のユースホステルで旅人を迎える学生ヘルパー

そのうち、四国の定福寺YHは最高にいいYHです。(コマーシャル)

もしその方面へ出かける時がありましたら、ぜひ立ち寄ってみて下さい。

きっと歓迎してもらえますから。

旅の失敗談に関してはまだたくさんありますが、なにぶんテスト前なので、この辺で。


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