テニス、故郷、そして一人旅|藤井 裕
原題:無題
試験への不安から始まり、テニスの課題、同好会運営への思い、そして四国への一人旅へ――。話題は次々と移り変わりますが、そのどれにも学生時代ならではの率直な気持ちが込められています。特に、久しぶりに訪れた故郷・松山で感じた時の流れや、社会へ出た同級生から受けた刺激は印象的です。同好会誌の発行を喜び、OB・先輩・後輩をつなぐ存在であってほしいと願う言葉からも、同好会への深い愛着が伝わってきます。
試験は何とか乗り切れそうです
文章というものは、いざとなると書きにくいものですね。
何を書こうかと迷っている間に、試験期間になってしまいました。
専門の試験というやつはやっかいですね。
各科目とも本一冊という広範囲で、とても一夜づけでは間に合わず、当日の目の調子が大きく左右する感じでした。
でも、どうにか今回は無事通過できたと思っています。
しかし、これ以上科目が増えてくると、とてもこの調子では乗り切れそうにありません。
テニスの一番の課題
試験の話はもうやめにして、「テニス」のことでも書こうと思います。
僕は高校一年からテニスを始めましたが、まだまだ多くの課題が残されています。
その第一はサーブだと思っています。
サーブというやつは、とても気まぐれなもので、ちょっとしたことで調子が変わってしまいます。
安定したサーブというのは、とても大きな課題です。

高校一・二年(小倉高校)時代は、スピードサーブにあこがれ、サービスコートなど見向きもせず、がんがん打っていたのですが、高校二年の時にハンドボールで肩を痛めてからは、どうも腕が伸びきらず、打点が低くなってしまい、今だにサーブのポイントがつかめない状態です。
もう一つの難点は、ボールが軽いことにあると思います。
もっと体重を乗せたボールが必要だと思います。
同好会への思い
話は変わって、昨年一年間は、他力本願で多くの人に迷惑ばかりかけていたように思っています。
昨年は特に練習量が少なくて、不満だった人も多いことと思います。
トーメンのコート使用日が昨年の半分になってしまい、やむを得ないと言えばそれまでですが、今年はぜひ良いコートを見つけて、平日四日くらい練習日を作って欲しいと思います。

この一年間、色々と計画していたことはあったのですが、力が及ばず、半分ほど計画倒れになってしまいました。
「同好会誌」の発行もその一つになろうとしていたのですが、四年生等の尽力で発行できるようになったことは、まったくうれしい事です。
今後もOB・先輩・後輩間の橋渡しとして、永く続いて欲しいものです。
九年ぶりの故郷
また話は変わるのですが、昨年十月の試験休みに四国一周の途中、生まれ故郷の松山に立ち寄りました。
九年という年月の長さを思い知らされました。
小学校のボロ校舎は鉄筋建ての近代的な校舎になり、花壇の敷地も半減し、尊徳像も端の方に追いやられてしまっていました。
昔は田舎の小学校で、周りは田畑や山ばかりだったのですが、今は住宅が建ち並び、なつかしい「はぶ山」の緑も見ることができないほどです。
裏山のお宮さん(昔よくセミ取りに行ったのですが)も、老木(百万円で売れたそうです)を切り倒す最中で、落ち着くこともできませんでした。
僕より一つ年上で、高校を卒業して勤めに出ている人に会い、耳の痛くなる話を聞いて来ました。
彼は今度、仲間と一緒に小さな会社を作るということでした。
やはり大学には行きたかったらしいのですが、色々な都合で行けず勤めに出たそうです。

しかし、大学よりももっと大きなことを学んでいるようで、その闘志と情熱には、とても今の僕には手も及ばない何かを感じさせました。
大学に入って、のんびりと日々を送っているのが恥ずかしい思いでした。
何もかもが想像していた故郷とは違い、がっかりして帰って来ました。
一人旅の楽しさ
でも、一人旅というのはいいものですね。
計画もなく、行き当たりばったりであちこちとぶらぶら歩くのは最高です。
時々ふと寂しくなるのですが、それもつかの間で、汽車に乗ると隣に座った人が色々な名所の話をしてくれたり、お寺の伝説を話してくれたりして、いつの間にか楽しい気分になります。
土佐の西に中村市という小さな市があるのですが、そこの太平寺YHではヘルパーの息子がミーティングをやってくれました。
とてもおもしろい人で、楽しいミーティングでした。
今年の夏は北海道に行くつもりです。
どんな旅になるか、今から期待ばかりしています。
後半は同好会から離れた話でしたが、この辺で終わりにしたいと思います。
今後も同好会は大事にしていきたいと思っています。





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