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空白を埋めるものを探して|大藪 雅子
原題:空白の中から 沖野さんの訃報を受けた筆者が、自身の記憶をたどりながら綴った追想です。白馬合宿での何気ない会話、トーメンコートでの思い出、そして今となっては二度と会えないという現実。過去の鮮やかな情景と、突然訪れた心の空白とが静かに交錯します。故人を語るというよりも、失った人を思い続ける心の動きを繊細に描いた、美しい追憶の一編です。 訃報を聞いた日 はらはらと山茶花の花びらが北風の中に舞い落ちる日、私は沖野さんが亡くなったという知らせを聞いた。 突然、心の中に広がる虚しさ。 それと同時に、やっぱり一度思い切ってお見舞いに行けばよかったという後悔の気持ちがわきあがった。 けれど、今となってはどうしようもない。 白馬の青い空の下で 心は、一足飛びに二年前の夏合宿を思い出す。 前日までの集中豪雨もすっかりあがり、嘘のように晴れあがった青い空を背景に、白馬連山がくっきり見える。 黒土のコートでは、日焼けしたいつものメンバーが、目の色を輝かせて白球を追いかける。 そんな中で、ただ一人、楽々と、一見どうでもいいといった感じでボールを打つ人。 それが沖野さ
yasunoritanaka
6月10日読了時間: 2分


同好会がくれた、かけがえのない三年間|有沢 基子
原題:私的雑感 学費闘争による長い空白の時間。その偶然が、筆者をテニス同好会へと導きました。服部トーメンコートへ通った日々、白馬合宿の思い出、なかなか上達しなかったテニス、それでも夢中になった学生生活。そして卒業を迎えた今、振り返れば同好会で過ごした三年間は人生の大切な一コマだったと語ります。飾らない言葉で綴られた、卒業の季節にふさわしいエッセイです。 偶然が導いてくれた出会い 思えば、あの長い学費闘争がなければ、この文を書くこともなかったことでしょう。 その空白の日々を持て余し気味になった時に、テニスと出会ったのです。 人間の運命、出会いとは不思議なものです。 なんて、少しオーバーだったかもしれませんが、でもやっぱり同好会に入ったことで、私の人生はちょっぴり変わったと思うんです。 少なくとも二年生のころは、大学生であることより、同好会員であることが優先していました。 かの有名な八人娘で、服部へ通っていたんです。 そのテニスに通うための協力と団結は、今思うと見事なものでした。 時間はできるのを待つのではなく、生み出すものなんだなあと、変に感心した
yasunoritanaka
6月6日読了時間: 2分


山陽電鉄に揺られて思い出をたどる|大藪雅子
原題: 私鉄沿線哀感 野口五郎の『私鉄沿線』のような都会的なイメージではなく、ガタガタと揺れながら田園風景を走る山陽電鉄。幼い頃から二十年間乗り続けたその電車には、筆者の成長とともに積み重なった思い出が詰まっています。阪急電車との対比を交えながら、故郷への郷愁、卒業を前にした学生生活への名残惜しさ、そして同好会への愛着を、温かなユーモアで綴った味わい深い随想です。 山陽電鉄とともに育った二十年 山陽電鉄は、西神戸と姫路を結ぶ中小私鉄です。 「私鉄沿線」という歌は、野口五郎が歌っているせいか、いくぶんハイカラなイメージがあります。 けれど、山電の場合はもっとずっとローカル色豊かです。 加古川あたりの水田の中を、三両連結の各駅停車が窓ガラスを震わせながらガタガタと走る……。 そんな情景が、まさにぴったりなのです。 その山電が、私の住んでいる須磨も走っています。 物心ついて以来二十年間、かつて畑だったところが住宅になり、道ができ、風景はどんどん変わっていきました。 それでも電車だけは相も変わらず、ガタガタと走り続けています。 だから山電に乗るたびに、今
yasunoritanaka
5月24日読了時間: 4分
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