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口で勝負する同好会の名選手たち|森岡 清志
原題:森清法師のクチニス テニスは本来「足ニス」だが、大阪大学テニス同好会では「口ニス」でもある――。トーメンコートでの練習、練習後の雑談、山中湖夏合宿、先輩の新婚旅行の見送りまで、同好会の仲間たちが交わした言葉を、軽妙な会話劇として再現した一編です。実在の人物たちの個性と関係性が次々に浮かび上がり、昭和の同好会のにぎやかな空気がそのまま伝わってきます。 下町で暮らした頃 ぼくは高槻市に住んでいますが、以前は大阪の大正区にいました。 そこはいわゆる下町という感じのところで、商店街、住宅、工場が入り乱れていて、とてもにぎやかなのです。 木津川と尻無川という淀川の支流が二つ流れていますが、あまり橋が架かっていないので、隣の区へ行くのにポンポン船がよく利用されていました。 もちろん無料で、何人か客が集まれば船が出ていくという、どこか田舎風の、のんびりしたいいものです。 そのうえ、川がきれいだったら申し分ないのですが。 テニスは「足ニス」か「口ニス」か さて、読者の皆さん、テニスの方はうまくなりましたか。 テニス本来の姿から言えば、テニスは「アシ(足)ニ
yasunoritanaka
5月28日読了時間: 5分


百人を超える同好会をどう動かすか|木村友彦
原題:昭和五十五年度をふり返って 昨年の春合宿を欠席していたにもかかわらず、なぜか会長に選ばれた木村友彦さん。「非常に荷の重い役を負うはめになった」と振り返りながら、練習、試合、コンパ、合宿、コート取り、そして同好会の運営まで、昭和55年度の一年間を率直に総括します。会員数が増え、組織が大きくなっていくなかで見えてきた課題と、次の世代への期待。発展期にあった大阪大学テニス同好会の姿が伝わる、会長としての一年の記録です。 私は、昨年の春合宿をある理由のために欠席したのですが、それにもかかわらず、なぜか会長に選ばれてしまい、非常に荷の重い役を負うはめになってしまいました。 思い返せば至らぬところの連続でしたが、この一年間の同好会の活動をふり返ってみて、反省を加えてゆきたいと思います。 練習――人数が増えたからこその課題 練習日は、月、水、木、土曜日の週4回でしたが、一年を通してピリッと締まった練習があまりできなかったようです。 それには当然、幹部の引き締めが不十分であったということがあるのですが、それと同時に、同好会の活動がさかんになるとともに、練習
yasunoritanaka
4月18日読了時間: 5分
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