テニスを愛した沖野さんへ|清水 道正
原題:沖野さんを悼む
突然の訃報に接した筆者が綴った追悼文です。昭和49年11月の日記と、その半年後にあらためて振り返った思いが重ねられています。誰よりもテニスを愛し、独特の存在感で後輩たちを支えた沖野さん。その何気ない一言や、コートに立つ姿は今も鮮明に記憶に残っています。一人の先輩への深い敬意と惜別の思いが静かに伝わってくる、同好会の歴史を語るうえでも大切な一編です。
突然の別れ
昨日、沖野さんが亡くなられた。
通夜で見た死顔と、元気だった頃のあの顔とが交錯して浮かんでくる。本当にもう一度話したかった。テニスを一緒にやりたかった。もう一度……。
運命とはいえ、あまりに儚く、悲しすぎる。

梶川さんの結婚式がつい10日前にあったばかりで、同好会もこれからはおめでた続きだと喜んでいた矢先、こんな悲しみが起こるなんて……。
心からご冥福を祈る。
(昭和49年11月13日の日記の一部)
半年が過ぎても
あれから半年と少し経ち、今こうして沖野さんのことを思い出していますと、何とも言えない気持ちになります。
力なく横たえた足元に置かれたオールマンのラケットが、今も頭に焼きついて離れません。
テニスがこの上もなく好きな人でした。
今はもう使っていませんが、あのトーメンのコートに授業をさぼって「今日は一番乗りだ」と思って出かけても、先に来ておられたのが沖野さんでした。
そして一言、
「何や清水か。遅いやないか」

と、ぽつり。
彼こそ、真の「テニスバカ」と呼ぶにふさわしい人物だったような気がします。
あれほどの個性を持った人は、残念ながら現在の同好会には見当たりません。
ややうつむき加減に、ぼそぼそと話す時、それだけで十分な圧迫感を受けたものでした。
ぽつりと言葉をくれる先輩
私が二年生のとき、部長として少しは悩んだ時期がありました。
そんな時、沖野さんに話すと、決してああだこうだと理屈っぽく言う人ではありませんでした。
例によって、ぽつり、ぽつり。
でも不思議と、その「ぽつり」が大きな支えとなったのを覚えています。

沖野さんのテニスぶりについては、創刊第0号の高田さんの評に譲りますが、とにかく足を動かさずに打つことにかけてはNo.1でした。
今頃は極楽の一丁目あたりで、テニスをされていることでしょう。
相変わらず、足はあまり動かさずに。





コメント