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さい果ての旅して ― 北海道23日間、一人旅の記録|藤井 裕

yasunoritanaka
6月5日
読了時間: 7分

原題:さい果ての旅して

同好会やテニスを離れ、一人の大学生として北海道を23日間旅した記録です。1970年代の青函連絡船、積丹半島の夕日、北海道大学、礼文島──。自由気ままな一人旅の中で出会った風景や人々が、生き生きと描かれています。予定に縛られず、偶然の出会いを楽しみながら旅を続ける筆者の姿は、今読んでも新鮮です。昭和の北海道と学生の旅情をそのまま閉じ込めた、貴重な紀行文を特集記事としてお届けします。

北海道への憧れを胸に


今回は同好会及びテニスのことからまったく離れて、僕自身にとってもっとも感動的だった『さい果て』北海道旅行について、思い浮かぶままに、ただ筆にまかせて書いていこうと思います。

7月12日、大阪発青森行きの「白鳥」に単身乗り込み、あこがれの北海道へ向かう。

僕は旅の計画を立てたり、時間に追われたりするのがきらいなので、最近はいつも一人旅だ。

読者諸氏にも一人旅をおすすめする。

気楽だし、好きな所で好きなように時間を使えるし、多くの人と接することができる。

時には列車の出発時刻を間違って一時間ほど待つこともあるが、その待ち時間もさして苦にはならないものだ。

長い列車の旅、そして青函連絡船へ


さて、話をもとに戻そう。

14時間、「白鳥」の背にまたがってやっとの思いで青森に到着。

車中では大阪工大の学生と同席した。

彼は鹿児島・指宿出身で、今年四年だが来年の卒業の見込みはゼロだし、気分晴らしに一人で飛び出して来たそうだ。

彼と二人で十四時間にもわたって車中を行ったり来たり。

何もやることがなく、食事を四回、コーヒーを三杯、紅茶を二杯飲み、少し腹の調子がおかしくなった。

しかし、青森に着いてからがまた大変だ。

青函連絡船は超満員。

青函連絡船で北海道へ渡る大学生

座席では足を伸ばすこともできず、通路でシュラフにくるまって寝るしかない。

大きなドラの音で目を覚ますと、船はもう函館に着いていた。

あわてて荷物をまとめて下船。

記念すべき北海道第一歩は、あまりにあわただしく、感動に浸る暇もなかった。

連絡船の中では、同好会医学部の堀江青年にも出会った。

積丹半島、忘れられない夕日


函館からすぐ余市へ向かう。

そうそう、駅で朝食代わりにそばを食べたが、「北海道でそばは食べまい」と心に誓ったのは、あの時だった。

余市では、ちょうど日曜日でニッカは休み。

仕方がないので、これまたすぐ積丹半島へ向かった。

積丹の青い海と夕日が、とても印象的だった。

頼み込んで釣り船に乗せてもらったが、「アンカーをやれ」と言われた。

「アンカー」って何だか知っている?

釣り場に着いた時、船が波で流されないようにするための重りの番人なんです。

五十を過ぎた元ペアレントにこき使われ、散々な目にあいました。

重りが水面から出ると急に重たくなるし(これはアルキメデスが発見した「浮力」によるものと類推する)、綱は水ですべるし、大変な仕事でした。

でも、釣りの方は快調。

飢えた魚君たちが、白いイカのかけらに群がる様子が、透き通った海水の中にはっきり見えるのです。

海の上から海底の岩や海草まで見えるのです。

そうこうしているうちに夕方。

積丹半島の海を赤く染める夕日

大きなお日様は真っ赤に色づいて水平線へ沈もうとしている。

あの夕日の美しさ。

積丹半島を赤銅色に染めた色調。

そのすべてが、今も心に焼きついている。

水平線に達してから沈みきるまでの速さ。

あの時初めて、太陽の動く速さを知らされた。

北海道大学、そして礼文島へ

北海道大学から礼文島へ向かう旅の始まり

そして次の日――。

北大にやって来ました。

その広さにまず驚き、そしてその美しさに目を見張ったのです。

構内を馬にまたがって悠々と通り過ぎる学生。

芝生で横になる旅行者。

これが大学とは……。

でも、それが本当の大学かもしれない。

札幌を夜行で発ち、稚内から礼文へ渡る。

山高くして夢があり山高くして歌があり此所さい果ての利尻よ礼文君を訪ねて姫沼悲し我ら島を愛して旅を行く

礼文島の八時間コースで、よく歌った思い出の歌です。

四行目の「君を訪ねて……」の出だしが最初歌えず、大恥をかいたので忘れられません。

礼文でも色々と書きたいことがあったのですが、文章が長くなるので省略します。

天売島、海鳥たちの楽園


それから再び札幌に戻り、天売島に向かう。

天売島は知名度が低く、訪れる人も少ないので、静かで寂しい島です。

この島は天然記念物のオロロン鳥が生息する、海鳥たちの楽園です。

島の西側は絶壁になっていて、そこが海鳥たちの寝ぐらです。

午後五時ごろになると、夕焼けで赤く染まった水平線に、小さな点々が現れます。

夕焼け空を舞う海鳥たちと天売島の断崖

それが徐々に大きくなります。

沖へ出ていたカモメのジョナソンやオロロンちゃんたちが帰って来たのです。

夕焼けの空に、数千、いや数万の海鳥が乱舞する様子は、まことに絶景でした。

オロロンちゃんが必死に羽をばたつかせて飛ぶのに比べ、カモメ(ケントカモメ)は悠々と風を切って飛び回る。

その違いに何か素質を感じ、一人で納得。

(座談会「同好会を斬る」を読んで下さい。)

尾岱沼で過ごした五日間


後ろ髪を引かれる思いで天売島を離れ、一路網走へ。

網走から美幌峠、屈斜路湖、摩周湖を経て阿寒へ。

阿寒からさらに奥のオンネトーへ。

オンネトーは北海道三大秘湖の一つで、静寂感のただよう小さな湖です。

この湖畔に立つと、ドラマの主人公にでもなった気分になります。

それから今回の旅行で一番長い日々を過ごした尾岱沼へやって来たのです。

尾岱沼で五日間居座ったと話すと、多くの人が「あそこはトド原しかないじゃないか」と軽蔑のまなざしを向けるのですが、僕は逆に彼らへ軽蔑のまなざしを向けてやるのです。

尾岱沼ほど、のんびりとして「北海道に来たんだなあ」という実感を味わえる所はありません。

しかし、有名な湖や風景ばかりを追い回す人には、ちょっと理解しがたいと思うのです。

尾岱沼へ行かれた時は、ぜひ民宿「海の家」に立ち寄ってみて下さい。

大将がとても気さくな人で、とても居心地のいい宿です。

北海道の時間を味わう


一日目はトド原を主眼にして野付半島を歩き回り、

二日目は朝四時に開陽台で御来光を仰ぎ、午後からはパイロットファームをうろついて、生牛乳を飲んだり、乳しぼりの手伝いをしたりしました。

乳しぼりの要領を知っていますか。

まず乳房の上を親指と人差し指でつかみ、徐々に他の指を曲げながら下へしぼっていくのです。

なかなか難しいもので、最初は四、五滴しか出てこないのです。

夜はトピカリ川のほとりで蛍狩り。

三日目は朝から裏摩周へドライブ。

裏摩周は摩周湖第一展望台のちょうど対岸であり、摩周湖へ下りることのできる唯一の場所です。

その日は快晴で、摩周岳が湖面に映り、ほんのり霧もかかって、つい歌が口元からこぼれる思いでした。

湖面へ下りて遊ぶうちに、「泳ごう」ということになり、ジーンズのまま摩周湖へドボン。

尾岱沼と牧場で北海道の自然を満喫する旅人

四度の湖水はさすがに冷たく、爽快な気分。

ネッシーならぬ「マッシー」の子どもになった気分で泳ぎ回ったのです。

四日目は朝から雨。

民宿でゆっくり休息。

五日目の午前中に再び野付半島を歩き、午後からは大将のお伴で買い出しに行きました。

忘れられない「海の家」の大将


この買い出しが、また印象的でした。

スーパーの倉庫へ入り、桃にバナナにブドウなどを手当たり次第口へ放り込んでおいて、それからトマトやキャベツを買い入れるのです。

スイカを買う時は、まず支配人の目を盗んでスイカを蹴飛ばして割っておいて、それをねたに値切って買うのです。

まったく想像を絶する買い物でした。

そして六日目の朝、尾岱沼を離れ、帯広から夜行で札幌へ戻り、支笏湖へ。

北海道三大秘湖のもう一つ、「オコタンペ湖」を見物して、快い旅情を味わいながら函館へ向かいました。

二十三日間にわたる「さい果ての旅」は終わりを迎えました。

旅は、人との出会い


この旅の感動と、旅で知り合った多くの人の人情や親切は、一生忘れることのできないものです。

旅先で出会った人々との別れを惜しむ一人旅の学生

「旅は道づれ」

この言葉は真実をとらえています。

旅とは風景を見に行くものではなく、

人との出会いなのです。

知らない土地の、知らない友と、

わずかな時間をともに旅し、旅情を味わう。

それが、本当の旅なのだと思うのです。


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