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コンパで知った、私の本性|岡崎知子

yasunoritanaka
4月4日
読了時間: 7分

原題:コンパと私と同好会

大学3年目を迎え、ふと自分の同好会生活を振り返った岡崎知子さん。初めて聞いた「コンパ」という言葉、お酒への警戒心、女子更衣室のにぎわい、そして気づけば食べることにも芸にも積極的になっていた自分――。温室育ちだった少女が、同好会という新しい人間関係の中で少しずつ殻を破っていく過程を、軽妙な自己分析とともに綴った一篇です。

図書館通いの三回生


大学生活も3年目を迎え、ようやく勉強に振り回される大学生らしい毎日を送っている今日この頃です。

今までは、図書館などテスト中しか利用しなかったのに、最近は非常によく足を運んでいるようです。

もっとも、その半分は、図書館にあるあの華々しい壁紙を貼ったお手洗を利用しに行くのですが……。

というのも、文学部って女の城のはずなのに、なぜか男女兼用なのですよ。

あのしかめっつらした先生方にあんなところでばったり会って、

「やー、元気?」

なんてことになったら嫌ですから……。

まあ、とにかくそういう忙しい毎日の中、ちょっと考えた事、つまり私の同好会における歴史、といえば大げさだけど、成長ぶりみたいなものを、特にテニス以外の部分について書いてみたいと思います。

過去を振り返るのは、おばんへの第一歩といいますが、私の場合、少々言い訳がましいのですが、過去を振り返ることによって未来の生活への糧にする、という点で、もう少し積極的な意味があるということを前置きしておきます。

「飲みに行こう」は悪い誘惑?


同好会に入り、テニス以外の大きなイベントといえば、やはりコンパでしょう。

私の場合、中学、高校と、極めて真面目な生徒で通し、しかも刺激の少ない温室的環境だったため、練習の後に先輩達が、

初めてのコンパに戸惑いながら仲間たちについていく女子大学生

「飲みに行こう」

などと言い出そうものなら、

「わっ、この人達、不良だわ。悪い誘惑にのってはいけない」

などと、秘かに思ったものです。

けれど、そこは順応性のある私です。

やがて、先輩達は何も純粋無垢な少女達を誘惑するつもりではないらしい、ということを悟り、のこのことついて行ったのです。

しかし、昭和ひとけた生まれの田舎育ちの両親には、やはり衝撃的なことだったらしく、お店からうちに電話して、

「帰って来なさい」

の一言で、もと来た道をUターンということが何回かありました。

だから結局、私が初めてお酒を口にしたのは、新歓コンパの時だったのではないかと思います。

そういえば、「コンパ」という言葉にさえも馴染みがなく、なんのことかよく知らなかったんです。

関係ないけど、マンサツ、チャリンコ、ジャンソーという類の言葉も、大学に入ってから覚えたもので、どれだけ私が温室育ちだったか、おわかりになると思います。

「ラッキー」の意味を研究する


また、当時の会長さんなどが、事あるごとに、

「ラッキー!」

を連発するのも、私には奇妙に思えました。

どういう場合に使われるのか、じっくり観察してみると、やっぱり英和辞典にのっているのと同じ「幸運な」という意味で使われているようでした。

「今日、百円拾ってラッキーやった」

というように。

けれど、私にとって興味深かったのは、

A「昨日、俺バイト代入ってん」

B「ラッキー」

というような会話です。

つまりB君は、A君がおごってくれるかもしれないと解釈して、「ラッキー」と言ったわけで、その含蓄された意味を理解しない限り、会話は成り立たないのです。

こういう省略話法とかテンポの速さは、男の人により強く現われる現象でしょう。

なんだか英語学演習みたいになってきたので、この話はもうやめますが、とにかく、男の集団がしゃべっている光景なんて大体6年ぶり位に見た私には、すべての事が目新しく、奇異に見えたのも不思議ではないでしょう。

初期――ひたすら席を温める


そういうわけでしたから、男とは何ぞやということも全然わからなかったし、当然、お酒の存在価値なども全く理解してなかったのです。

新しい人と知り合いになることは楽しいけれど、お茶を飲む位で十分なのになあと、いつも思ってました。

飲みに行くということは一種の恐怖で、帰りが遅くなるのもいやだったし、それよりまず、お酒そのものに対してすでに拒絶感があったのです。

私の同好会における歴史の初期のコンパでは、ただ、ただ、ひたすら一つの席を温め続け、お酒を勧められたら、いかにもしとやかに断り、たまたま席の近かった先輩と、

「学部は?」

「出身校は?」

といった、あのワンパターンの会話を繰り返すだけでした。

最近は、さすがにみんな私の本性というか、実力を知ってしまったのか、そういう事は決してありませんが、

「なかなかうまいね」

と言ってくれる、気の利いた先輩も中にはいました。

一口、二口から始まった


しかし、それではいけないということを感じ始め、勧められたら一応ついでもらって、一口か二口飲み、お返しについであげる位のことはしようと考えたのです。

友達を作るには、自分から Hand in Hand して心を開いていかなければならない、というのが表向きの理由ですが、

「男性は、全く飲めない女性よりも、つき合い程度に飲める女性の方を好む」

と、ものの本で読んだことが、主なきっかけだった、と私は思いたくないのですが、絶対そうでないとも言えないようです。

けれども、お酒に対する警戒心は、相変らず強く持ったままでした。

その最も主な理由として、私はすぐに顔が赤くなってしまうということがあげられます。

そうです。

りんごのほっぺになってしまうのです。

そういうとかわいく聞こえますが、要するに田舎のねーちゃんという感じで、髪を三つ編みにして、かすりのもんぺでもはくとぴったりって感じ。

せっかく親にもらった容姿が台なしになってしまう――。

というのはうそで、最近になってようやく、顔が赤くても赤くなくても大して差はないということに気づき、諦めた次第です。

でも、このことはテニスにおいても不利な場合が多く、試合の時に赤くなっていると、もう疲れてるように見えて相手に余裕を与えるし、練習でも、

「岡崎さん、これ位の練習でもう赤くなってる。やっぱり、としね」

と、今年のシビアーな二年生に言われそうです。

私が疲れているのは、重い足がさらに重く動く時だけなんです。

コンパの日の女子更衣室


コンパで楽しむことを覚えたのも、この初期から中期にかけての時期で、練習が終ってみんなでどこかへ行くとなれば、浮き浮きしてました。

コンパのある日の女子更衣室は、いつもにもまして騒然としています。

いつもなら、さっさと手ぐしで済ます子も――そんな子いないかな――丹念にブラシをし、きちんとお化粧までします。

コンパへ出かける前に髪や身だしなみを整えるテニス同好会の女子大学生たち

「洗顔石鹸かしてー」

とか、

「乳液かしてー」

という声が飛び交うのもこの時です。

コンパの時には、みんな目的のあるなしにかかわらず、特に身だしなみを整えるのはどうしてでしょう。

コンパだからって、きれいに見えることはないと思うけど……。

やっぱり女の子ですね。

ほほえましいと思いませんか?

その点、男性のみなさんはどうなのでしょうか?

飲めないなら、食べればいい


初期から中期にかけては、コンパで楽しめても、まだコンパ代まで食べたり飲んだりはできませんでしたが、中期に入ると、飲めない分、食べる方に喜びを見出すという作戦に出ます。

そのためには、女子同志少なくとも二人は固まるのが鉄則で、しばしば男性が食べる分まで食べていた、ということにもなりかねません。

こうなると、初期のあの慎しさはどこへやら。

結局、それは私の殻であって、本質ではなかったという悲しい事実が、ここに到って判明するのです。

この段階では、自分も楽しみ、人が楽しんでるのを見て楽しみ、うまく行けば二重の楽しみを得て、時には調子に乗って、気がついたら芸をしていたということもあります。

しかし、うまくいかない日は、騒々しいコンパ会場の片隅で、暗ーい空気を作り出していることもあります。

そういう時は、アホになって動き回るしかないようです。

「みんなと共に過す」ということ


コンパも一種の社会生活の環の一部で、

「みんなと共に過す」

ように、自分で努力することが大事なのだと思います。

「今日はおもしろくなかったわ」

では、主催してくれた人に対しても、一緒にいた人に対しても悪いと思うのです。

コンパで仲間たちと笑いながら交流を深める昭和の大学生たち

最近は、お酒に対する恐怖心も次第に薄れ、親しみのような感情さえも抱くようになってきました。

これからの後期の私がどうなるか楽しみですが、お酒そのものがどうだというより、お酒を通じて人間同志のつながりのようなものを感じ取れるような、アダルト感覚のコンパの過し方をしてみようかなと思っております。

そして結論は……


作文のコツは、

① 主題が一つであること② 強調点があること③ 首尾一貫していること

だそうですが、私のは、そのうちどれにも当てはまっていないようです。

結論として、私はやはり文学部の落ちこぼれということがわかっただけのようです。

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