一冊の古い本が教えてくれたこと|竹口 順啓
原題:無題
押し入れの奥から見つかった一冊の古い本。阪急グループの創業者・小林一三が昭和28年に著した『私の見たアメリカ・ヨーロッパ』には、テレビの普及や日本の将来についての鋭い予想が記されていました。古いノートや写真を眺めるような懐かしさから始まり、二十年前の未来予測に驚き、時代を超えて考えさせられることを綴った随筆です。
古いものを開く楽しさ
古いものをとっておく人、あるいは捨ててしまう人と、人それぞれだが、思わぬところから昔のノートや写真が出てきて、しばらく時間のたつのを忘れて眺めまわすことがある。

小学校時代のノートが出てきた時などは、ノートのはしに書いてある落書きを見ていると、何となくほんわかとした気分になる。
こんな経験をした人は、自分だけではないだろう。
このあいだ押し入れの中をひっかきまわしていると、一冊の古ぼけた本が出てきた。
本の題名は『私の見たアメリカ・ヨーロッパ』。
著者は小林一三。
発行されたのは昭和28年、自分が満一才になったかならないかの頃である。
著者の小林一三は、阪急を経営し、宝塚少女歌劇を創設し、また当時は東宝の社長でもあった。
文中でも各地のショーを見物したり、映画にも大きな関心を寄せ、美術館巡りも欠かしていない。
二十年前に描かれたテレビの未来
この本の中で特に興味深いのは、テレビの発展に対する予想である。
当時のアメリカでは、テレビは普及期にあり、映画を作る側の人間にとっては、大きな脅威であったに違いない。
さて、彼のテレビについての予想は、おおよそ次のようなものである。
現在のテレビはまだおもちゃのようなものだが、将来は大変なものになる。
小さな映画館は十年もたてば成り立たなくなり、代わって「テレビ喫茶店」が各地にできる。
映画会社と提携したテレビ会社が映画を電波で送り、人々はコーヒーを飲みながら映画を楽しむようになる――というのである。
テレビ喫茶という発想は、各家庭にテレビが普及した現在から見ると少しおかしく感じられる。

しかし、敗戦からわずか八年しかたっていなかった当時、日本中の家庭にテレビがある未来までは想像できなかったのかもしれない。
それでも、
「寝ておって楽しめるものが生まれて来れば、見るなと言っても見る者がふえる」
という言葉には、鋭い未来を見る目を感じる。
日本の将来への提言
さらに、小林一三は日本の将来についても語っている。
日本は資源に乏しい国であり、生きていくためには生産を増やし、品質を高め、外国へ輸出して道を切り開くしかない。

そのためには外交も重要であり、ヨーロッパだけではなく、インドやパキスタン、タイ、インドネシア、インドシナなど東アジア・東南アジア諸国との信頼関係を築くことが、日本にとって大切である――。
そんな趣旨のことが書かれている。
二十年前の文章でありながら、その先見性には驚かされる。
二十年を超えて
この本をパラパラとめくりながら、
二十年前に書かれたものとは思えないほど、なかなかたいしたものだと思った。
いかがですか?





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