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自分に正直に生きたい|早川たか子
原題:このごろ考えること、現在望むこと 「自分の気持ちに正直に生きたい。」そんな率直な思いから始まるこの一篇は、昭和の女子学生が自らの生き方について静かに綴った随想です。他人の価値観に流されず、人それぞれの自由や人格を尊重したいという考えは、時代を越えて今も新鮮に響きます。そして最後には、「西部劇が観たい」「ケーキが食べたい」という何気ない願いが添えられ、思索の中にも学生らしい素顔がのぞきます。 自分の気持ちに正直でありたい 私はいつも、自分の気持ちに正直に生きたいと思う。 他人の思惑は気にしないで生きたいし、世間的な常識の中だけで生きたいとも思わない。 もっとも、こういうことを言うこと自体が、多少なりとも世間的な常識を意識している証拠なのかもしれないけれど。 その時々の自分の気持ちを偽ってしまえば、必ずあとに後悔が残る。 それが恐ろしい。 その結果、いつも回り道をすることになっても、それは仕方がないと思っている。 違いを認め合える社会であってほしい これは人との関係についても同じことである。 自分と考え方が違うからといって、その人を頭から否定し
yasunoritanaka
7月3日読了時間: 2分


個性派プレーヤー大集合! われらが同好会・選手名鑑|高田 博史
原題:われらが同好会 大阪大学テニス同好会には、実に個性豊かな仲間たちが集まっていました。本記事は、高田博史氏が当時の主要メンバーを独自の視点で紹介した「選手名鑑」です。プレースタイルや技術だけでなく、性格や口癖、しぐさまで、時に辛口に、時にユーモラスに描写された文章からは、仲間同士だからこそ書けた温かな空気が伝わってきます。昭和の同好会誌らしい軽妙な語り口をできるだけ残しながら、読みやすい形に編集しました。 伊藤 武文選手 彼は、一、二年のころ活躍した選手である。今の一年、あるいは二年には、なじみが薄いかもしれない。 彼のテニスは「腕のみのテニス」と言えるかもしれない。 よくぞまあ、あれほど腰高の姿勢から、あの弾丸魔球が打てるものだと思うほど無理な姿勢である。 どうも根本的な改良が必要ではないか。 それに加うるに練習不足。 やはり彼は、室内コートでの活躍の方が目立つようである。 また、彼の魅惑的な独特の顔と、甘い、アマーイ口調は、しばしば女性を悩殺している。 今井 正幸選手 彼は、ビューティフルテニスを心掛けようとしているテニスバカである。..
yasunoritanaka
7月2日読了時間: 8分


静かな春の夜、試験前の心を映した夢|米川 和延
原題:静夜 春の穏やかな青空とは対照的に、学生たちを待ち受ける試験期間。思うように勉強が進まない夜、頭の中は自然とテニスや故郷、友人たちの思い出へとさまよい始めます。そして見た、ひとつの切ない夢。夢を自分なりに分析しながら、試験前特有の焦燥感と向き合う姿が、静かな語り口で綴られています。昭和の学生生活の空気と、一人暮らしの夜の孤独、そして若者らしい繊細な心情が伝わる随筆です。 春です 春です。 今日も穏やかな青空が広がっていた。さあ、思い切り活動しよう! と誰もが張り切るそんな時になって、僕らは試験が始まるのです。 教科書とノートの何と恨めしいことか。例によって勉強の能率など上がるわけはない。従って頭は勝手に散歩を始めるのです。楽しかったテニスの思い出、故郷のこと、遠くや近くにいる友人たちのこと、我が国の問題について(?)、etc. 下宿生活の自由と、少しの寂しさ ふと思う。 僕は今、こうして下宿生活をしている。この生活には確かに自由がある。こうして夜遅く一人起き出して、ゴソゴソ机に向かったって、誰も何も言いはしない。朝、いくら遅くまで眠っていて
yasunoritanaka
6月29日読了時間: 3分


猫のようには生きられない|宮野 知行
原題:魔性 下宿に居ついた一匹の猫を眺めながら、「人は猫のように平和に生きられないものか」と考える筆者。昼寝を楽しみ、気ままに暮らす猫と、人間の社会で生きる自分たちを対比しながら、少し哲学的な思索を綴っています。最後は春を迎えようとする猫の姿を温かく見守り、「この居候さんに幸いあれ」と結ぶ一編。昭和の学生下宿の日常と、何気ない出来事から人生を考える学生らしい感性が伝わってきます。 下宿の居候さん 僕の下宿に居候が約一匹います。 毎日、ばあさんどもの踊りや歌を子守歌として、南のひだまりで背を丸めて過ごしています。 この居候さん、実は猫なのです。 下宿の主人の足に咬みついて以来、ほどこしを受けていないから何を食べているか知らないけれど、毎日平和な顔をして昼寝を楽しんでいます。 人は猫のように暮らせるか さて、この猫を見て思うのですが、人は毎日この猫のように昼寝をして、生涯平和に暮らせないものかと。 しかし、どうもそのようにはうまくいかないのではないか、というのが結論です。 人には、猫と違って自意識があり、他人によく見られたい、より良くなりたいという意
yasunoritanaka
6月27日読了時間: 2分


心のモヤモヤと、同好会への思い|西井 隆儀
原題:無題 一人の人物を「冬の部屋に吹き込む冷たい風」にたとえた印象的な書き出しから始まる随筆です。そして話題は、自らの心の内側へと移っていきます。同好会に感じていた魅力の変化、テニスへの技術的不安、仲間との距離、そして自分自身への迷い。学生時代ならではの揺れる心情を率直に綴りながら、最後は古い言葉を引用して静かに締めくくります。若者らしい悩みと誠実さが、そのまま伝わってくる一編です。 冬の部屋に吹く風のように あなたは新鮮でした。一涼の風でした。 でもそれは、春の野の緑に満ちた風ではなかったのです。 冬、窓や戸を閉め切って、ストーブをつけて勉強していて、その暑さに頭が朦朧としてきた時、窓を開け放つ。 外の冷たい風が自分の頰をなで、頭の中をはっきりさせてくれる。 あなたは、いってみればそんな風だったようです。 公害に汚された空気かもしれないけれど、一服の清涼剤だったのです。 だから部屋の中が冷えてしまえば、あなたの存在価値はなくなってしまう。 だけど、いずれまた空気が淀んできて、あなたが必要になるに違いない。 その繰り返しだと思う。 同好会の魅力
yasunoritanaka
6月25日読了時間: 2分


あの夜の憂うつを書き留めたかった|於勢 好央
原題:「横寝考」 誕生日の夜、突然押し寄せてきた憂うつな気持ち。その時に書き留めておけばよかった──そう振り返りながら、自らの性格や劣等感、大学生活への迷いを静かに見つめ直した随筆です。勉強への自信のなさ、周囲との比較、友人関係の変化、そして「自分を動かすきっかけ」を探し続ける思い。華やかな学生生活とは対照的な、等身大の心の揺れが率直に綴られています。 書き留めておくべきだった 私は書き留めておくチャンスを失ってしまったのです。 あの時、書き留めておけば、こんなに後悔しなくてよかったはずなのです。 何故あの晩、あんなことを考えるようになってしまったのかは、まったくわかりません。 日頃うすうす思っていたことなのですけれど、あんなに強く私に迫ってきたことはなかったのです。 あれは今年の二月十一日で、非常にめでたい日だったのに。 (何故かって? 私の生誕日。) また、その前の十日は兄の結婚式だったのに。 何故あんなめでたい日に、あのような憂うつを味わったのか。 大学に入ってから感じ続けたこと この憂うつというのは、大学に入ってからずっと私のまわりにまと
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6月19日読了時間: 5分


「こうだ」と言えることはあるだろうか|今井 正幸
原題:「この頃思うことの一つ」 「書こうと思えばいくらでもある」と気軽に引き受けたものの、いざ書こうとすると何も書くことがない――。そんな率直な戸惑いから始まる短い随筆です。結婚式で耳にした祝辞をきっかけに、「人は本当に『こうだ』と言い切れるものなのだろうか」と自問する筆者。飾らない言葉の中に、社会人となって間もない頃の謙虚な人生観がにじむ一篇です。 軽く引き受けたものの いつでしたか大学で偶然山代君とお会いして、この企画を聞き、いつもの軽い返事で、 「うん、いいよ。」 「書こうと思えば、いくらでもあるから……。」 などと言ってしまいました。 しかし私の場合、どうも人に顧まれたりすると、必ずといっていいほど、 「うん、いいよ。」 と言ってしまい、いつも深く反省しています。 できないことは、はっきりと 「できません。」 と言える人間にならなくては、と思うのですが。 人に書くようなことは何もない 別によく考えなくとも、人に書くようなことは何もないというのが事実です。 この二月初め、気分転換も兼ねて従姉妹の結婚式のため東京へ行きました。...
yasunoritanaka
6月19日読了時間: 2分


平凡という人生について|市村 克彦
原題:無題 一人のごく普通のサラリーマンの一日。そして、その人生。特別な出来事は何もありません。同じ時間に起き、同じ電車に乗り、同じ仕事をして、家族と夕食を囲み、眠りにつく。その繰り返しの先に迎える人生の終わりを、淡々と描いています。短い文章ながら、「平凡な人生」とは何かを静かに問いかける、印象深い掌編です。 あるサラリーマンの一日 X氏は、当年三十五才である。妻(A子)、子供(○坊)一人。N大学を卒業し、今はS会社で働いている。 その彼の○年○月○日。朝七時。私は目をさました。 A子はもう起きて朝食の用意をしている。○坊はまだ寝ている。 床を離れて顔を洗い、いつものようにトーストと紅茶の簡単な朝食を取り、家を七時三十分に出発。 七時四十分。 ○駅から、いつも乗る電車の昨日と同じ車両に乗り込んだ。昨日とほぼ同じ顔ぶれが車内には見られる。 八時十五分。 電車を降りて雑踏にもまれて地下鉄に乗り替えた。我社のあるXX駅で、いつものように下車。昨日と同じ道を通り、会社まで歩いて行く。 八時五十分。 昨日と同じ時刻に到着。そして、いつものように与えられた仕
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6月18日読了時間: 2分


一冊の古い本が教えてくれたこと|竹口 順啓
原題:無題 押し入れの奥から見つかった一冊の古い本。阪急グループの創業者・小林一三が昭和28年に著した『私の見たアメリカ・ヨーロッパ』には、テレビの普及や日本の将来についての鋭い予想が記されていました。古いノートや写真を眺めるような懐かしさから始まり、二十年前の未来予測に驚き、時代を超えて考えさせられることを綴った随筆です。 古いものを開く楽しさ 古いものをとっておく人、あるいは捨ててしまう人と、人それぞれだが、思わぬところから昔のノートや写真が出てきて、しばらく時間のたつのを忘れて眺めまわすことがある。 小学校時代のノートが出てきた時などは、ノートのはしに書いてある落書きを見ていると、何となくほんわかとした気分になる。 こんな経験をした人は、自分だけではないだろう。 このあいだ押し入れの中をひっかきまわしていると、一冊の古ぼけた本が出てきた。 本の題名は『私の見たアメリカ・ヨーロッパ』。 著者は小林一三。 発行されたのは昭和28年、自分が満一才になったかならないかの頃である。 著者の小林一三は、阪急を経営し、宝塚少女歌劇を創設し、また当時は東宝
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6月14日読了時間: 3分


空白を埋めるものを探して|大藪 雅子
原題:空白の中から 沖野さんの訃報を受けた筆者が、自身の記憶をたどりながら綴った追想です。白馬合宿での何気ない会話、トーメンコートでの思い出、そして今となっては二度と会えないという現実。過去の鮮やかな情景と、突然訪れた心の空白とが静かに交錯します。故人を語るというよりも、失った人を思い続ける心の動きを繊細に描いた、美しい追憶の一編です。 訃報を聞いた日 はらはらと山茶花の花びらが北風の中に舞い落ちる日、私は沖野さんが亡くなったという知らせを聞いた。 突然、心の中に広がる虚しさ。 それと同時に、やっぱり一度思い切ってお見舞いに行けばよかったという後悔の気持ちがわきあがった。 けれど、今となってはどうしようもない。 白馬の青い空の下で 心は、一足飛びに二年前の夏合宿を思い出す。 前日までの集中豪雨もすっかりあがり、嘘のように晴れあがった青い空を背景に、白馬連山がくっきり見える。 黒土のコートでは、日焼けしたいつものメンバーが、目の色を輝かせて白球を追いかける。 そんな中で、ただ一人、楽々と、一見どうでもいいといった感じでボールを打つ人。 それが沖野さ
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6月10日読了時間: 2分


同好会という「イメージ」を愛した日々|向 典子
原題:春の便り 卒業を迎える筆者が、同好会への思いを静かに綴ったエッセイです。メンバー一人ひとりへの親しみ、テニスへの愛着、そして言葉では表しきれない「同好会」という存在そのものへの思い。学生生活の終わりを迎え、社会へ踏み出そうとする心境とともに、少し照れくさいユーモアも添えられています。卒業の季節にふさわしい、温かな余韻が残る一編です。 「同好会」という不思議な存在 「同好会」という形のない、正体不明の――何というべきか、「イメージ」とでもいうのでしょうか――それが好きです。 ほとんど愛していると言ってもいいくらいです。 それは同好会のメンバー一人ひとりに対する好意、またテニスへの愛着のようでもあるのですが、やはりもっと漠然とした、それでいて、いえ、それだからこそ魅力的な「イメージ」に引かれているみたいです。 それでも同好会が好きだった もっとも、欲求は全然満たされていません。 誰かさんのように、「ボールが止まって見える」なんて現象は、いつまでたっても起こりそうにないし、ボールに若干ついていけるようになった頃には、「老化は足から」と言われるよう
yasunoritanaka
6月8日読了時間: 2分


目を閉じると、夏の日が輝く|平山 桂
原題:無題 目を閉じると、いつも思い浮かぶ夏の日の記憶。父と兄と海へ出かけ、小さな魚を見つけては夢中になった一日が、子どもの視点そのままに描かれています。波の音、海藻の揺れ、夕立、家族との何気ない会話──。特別な出来事ではないからこそ、いつまでも心に残る夏の情景。読み終えたあと、「今日もいい日だった」という最後の一文が静かな余韻を残す、美しい散文です。 夏の海へ 目を閉じると、日が輝きます。 ぼくとおにいちゃんとおとうさんは、水浴びに出かけるのです。 おとうさんは、タイヤのチューブの浮輪に、いつでもおじさんの所で空気を入れて行きます。 そう、浮輪には縄が巻いてあって、ぼくらはそれにつかまるのです。 浜に着くと、砂は少し熱くなっていて、波は小さく、波打ち際から海の中が見えるのです。 魚なんかが泳いでいると、それをずっと見ていてしまうのです。 海藻の下の小さな魚 浮輪につかまって沖に出ると、海の底にはやはり魚が泳いでいたのです。 堤防の上からお寺の屋根が見えてくるようになると、体は上下に動くだけで、まさしく浮かんでいるだけなのです。 水面を見ると、海
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6月7日読了時間: 3分


テニスがつないだ、人との出会い|浅田 清司
原題:テニスと恋と人生と テニスの楽しさから始まり、恋愛、そして人生へ――。同好会での出会いや大学での何気ない会話を通して、人と向き合うことの意味を綴ったエッセイです。恋愛について語り合う学生たちの率直な言葉や、一人の女子学生との対話から感じた人生への思いが、当時の大学生らしい感性で描かれています。テニスをきっかけに広がった人とのつながりが、人生を見つめ直す時間へとつながっていく一編です。 テニスが教えてくれたもの テニスを通じて私の得たものは大きい。 時々いやになることもあるが、二、三日ラケットを持っていないと、たまらなくやりたくなる。 同好会にはいろんな人がいておもしろい。 とくに先輩方のパーソナリティには、クラスにはない味わいを持つものが多い。 皆さん、テニスへ来る時はテニスを楽しむことに、また同好会を楽しいものにすることに努めているのだと思う。 恋愛について語り合う 恋愛について、あまり人のためになることは書けそうもないが、先日、クラスの女の子たちと話す機会があったので、その意見を書いてみます。 「恋愛というのは一度はしてみたいけど、私は
yasunoritanaka
6月4日読了時間: 3分


「ふれあい」が同好会をつくる|山田 康子
原題:「ふれあい」する心 流行歌「ふれあい」に心を動かされた筆者は、その歌に込められた思いを、大阪大学テニス同好会の日常へと重ね合わせます。学年が上がるにつれて少しずつ変わっていく同好会の雰囲気、後輩たちとの距離、そして寂しさ。それでも「ふれあい」は、自分たちから生み出せるものだと語りかけます。世代を超えて仲間とつながることの大切さを、温かなユーモアを交えながら綴った一編です。 「ふれあい」という歌に思うこと 皆さん、中村雅俊の「ふれあい」という歌をご存じですか。 そう、一、二か月ほど前に爆発的に流行っていたあの歌です。 (歌詞は著作権保護のため省略します。) 私が最初にこの歌を聞いたときには、ただ、ちょっと憧れている中村雅俊の歌だということで興味を持っただけでした。 でも、二、三度聞くうちに、どこにでもあるような歌だけれど、だからこそ誰もがおきざりにしかけていた大切なことを歌っているのではないか、と思い始めたのです。 トーメンのコートが好きだった理由 大学というところが何となくすさんで見えるのも、いろんな意味での「ふれあい」が欠けているからなの
yasunoritanaka
6月1日読了時間: 3分


悩むことは、生きている証なのか|小寺 弘章
原題:雑感二題 『Try Again』創刊第0号に続いて寄せられた、小寺弘章さんの随想「雑感二題」。前半では、「悩み」をテーマに、自分自身の内面と向き合いながら、人はなぜ悩み、悩みの中で何を得るのかを静かに考察しています。経済学部らしい論理的な視点と、文学や哲学へのまなざしが織り交ぜられた文章は、昭和の学生らしい知的な息づかいを感じさせます。 また書いてしまいました 前回の創刊第0号を手にして、まず最初に感じたことなのだが、自分の書いたものが活字になって出版されるというのは、ちょっと気恥ずかしいが、なんとも気分のいいものだ。 それに、内容はともかく、自分の原稿が三十数名中で最高のページ数を占めていると言えば、なおさらのことである。 この満足感こそが、おそらく「また誰も読んでくれないだろう」という予感にもかかわらず、私に今回も執筆する勇気をふるいたたせてくれたものにほかならない。 前回に引き続き、「衝撃の告白シリーズ第二弾」といこうかなどと考えてみたものの、会誌を私物化するなという非難の声が上がり、練習での恨みと相まって、それこそわら人形で……とい
yasunoritanaka
5月31日読了時間: 6分


山陽電鉄に揺られて思い出をたどる|大藪雅子
原題: 私鉄沿線哀感 野口五郎の『私鉄沿線』のような都会的なイメージではなく、ガタガタと揺れながら田園風景を走る山陽電鉄。幼い頃から二十年間乗り続けたその電車には、筆者の成長とともに積み重なった思い出が詰まっています。阪急電車との対比を交えながら、故郷への郷愁、卒業を前にした学生生活への名残惜しさ、そして同好会への愛着を、温かなユーモアで綴った味わい深い随想です。 山陽電鉄とともに育った二十年 山陽電鉄は、西神戸と姫路を結ぶ中小私鉄です。 「私鉄沿線」という歌は、野口五郎が歌っているせいか、いくぶんハイカラなイメージがあります。 けれど、山電の場合はもっとずっとローカル色豊かです。 加古川あたりの水田の中を、三両連結の各駅停車が窓ガラスを震わせながらガタガタと走る……。 そんな情景が、まさにぴったりなのです。 その山電が、私の住んでいる須磨も走っています。 物心ついて以来二十年間、かつて畑だったところが住宅になり、道ができ、風景はどんどん変わっていきました。 それでも電車だけは相も変わらず、ガタガタと走り続けています。 だから山電に乗るたびに、今
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5月24日読了時間: 4分


子どもたちと遊ぶ日曜日、そして春合宿への期待|田中厚子
原題: 無題 家の前に集まる近所の子どもたちと愛犬チコとの何気ない日常、そして春合宿への小さな期待。特別な出来事ではないけれど、昭和の住宅街の空気や学生らしい素直な気持ちが、そのまま文章に綴られています。「おばちゃん」と呼ばれることへの戸惑いや、日焼けを気にする女学生らしい本音も微笑ましく、当時の暮らしが自然と目に浮かぶエッセイです。 「おばちゃん」って呼ばないで 近所の五つぐらいの子が、私のことを「おばちゃん」って呼ぶんです。 あんまりじゃありませんか。 意味があって言っているんじゃないと思うから我慢するけど、もし本気で言っているのなら遊んであげない。 私の家の前は、小学校にもまだ行っていない子どもたちの遊び場になっています。 だから朝と夕方は、まるで幼稚園みたいです。 ママごとをしたり、ゴレンジャーごっこをしたり、元小学校の先生のお隣に住む本物のおばちゃん司会の「おうたの会」が始まったり、いつも来る酒屋さんのまねをしたり……。 毎日、とてもにぎやかです。 気がつけば「みどり先生」 少し前に、一緒に遊んでいるようなことを書きましたが、別にママご
yasunoritanaka
5月23日読了時間: 2分


旅で出会った個性豊かな人たち|森岡清志
原題: 旅の出会い 旅の魅力は、美しい景色だけではありません。旅先で出会う人との何気ない会話や交流が、いつまでも心に残ることがあります。本稿では、ユースホステルを巡る旅の中で出会った個性豊かな人々を紹介しながら、旅が与えてくれる「人との出会い」の面白さを綴っています。学生最後の一年を迎えた筆者が、卒業を前に旅を通して感じた人間の魅力を語る、昭和らしい旅情あふれるエッセイです。 卒業を前に思うこと 卒業研究はまだぜんぜんですが、この文章が活字になる頃には、もう同好会のOBになっているでしょう……。 と、本人は学校側の意思を無視して卒業できると信じているのですが。 ところで、いつも思うのですが、人それぞれいろいろな個性を持っていて、ただ見ているだけでも興味を感じます。 さらに話をしてみればまた面白く、実際につきあってみれば、より人間味を感じることがよくあります。 そういう意味では、旅というのは、その機会を得るには絶好のものだと思います。 一人旅だからこその出会い 一人旅でも、二、三人の旅行でもいいのですが、本当の楽しみが得られるのは、やはり一人旅でし
yasunoritanaka
5月21日読了時間: 5分


電車の中で見つける、ささやかな真実|土井寛子
原題: 電車の中で 阪急電車で大学へ通う日々。混雑のない昼前の車内で広告を眺め、向かいに座る人の暮らしを想像し、ふと目を引く人の雰囲気に「ささやかな真実」を感じる――。通学時間を、単なる移動ではなく、人や風景を静かに観察するひとときとして描いた随想です。文章を実名で発表することへの戸惑いから始まり、電車の中で過ごす一見無意味な時間の楽しさへと、筆者の思いが軽やかに広がっていきます。 実名で文章を書くということ 何故か、『TRY AGAIN』の原稿を書くはめになってしまった。 だいたい文章なんてものは、まず、その文章の題の下に書いてある、書いた人の名前を見たときに、読み手の中に、ある程度、その文章に対する潜在意識みたいなものができるものである。 つまり、著者が身近な人、あるいは有名な人の場合、その人に対して日頃からあるイメージを持っているものだから、文章を読むときも、そのイメージと照らしながら読むものである。 故に、全く同じ文章でも、著者の名前が違えば、違うイメージを持ちながら、その文章は読まれるのではないかと思う。 そんなわけもあって、私としては
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5月19日読了時間: 4分


北海道珍道中記|清水万里子・蔵田悦子
原題:北海道珍道中記 学生生協の北海道一周バスツアーに参加した3人の女子学生。旅立つ前は「素敵なおにいさんとの出会い」に胸を膨らませていたものの、現実は予想を大きく裏切る個性派ぞろいのツアーでした。それでも旅が進むにつれ、不思議な仲間との交流や思わぬハプニングが次々と生まれ、忘れられない夏の思い出になっていきます。昭和の学生旅行ならではの自由さと、女子学生らしい軽妙なユーモアがあふれる紀行エッセイです。 北海道への期待と現実 この夏、A子とB子とC子の3人は、生協のバスツアーで北海道一周旅行をした。 学生生協が募集したツアーだから、さぞかしカッコイイおにいさん方がおいでだろうと、期待に胸をときめかせて大阪を旅立ったのだが、3人の期待は、はかなくも消え去ったのであった。 というのは、そのツアーは40人で、そのうち男子というのがなんと7人。(男子諸氏にとっては、すばらしいことかもしれないが……。)それも個性豊かなお方々ばかり……。 そのうえ70過ぎのおばあちゃん連中が4人。 これで3人の受けたショックがおわかりだろう。 個性豊かな旅の仲間たち...
yasunoritanaka
5月17日読了時間: 4分
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