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茶の湯が教えてくれた、美しさと人の温かさ|吉田 豊子

yasunoritanaka
5月29日
読了時間: 4分

原題:私と「お茶」

初めて体験した茶事での緊張、懐石料理への感動、正座でしびれた足――。茶道の世界を、学生らしい率直な視点とユーモアで綴ったエッセイです。そして最後に語られるのは、茶道そのもの以上に魅力的だった先生への思い。合理性と美しさを兼ね備えた「お茶」の世界と、人の温かさに触れた学生時代のひとときが、生き生きと描かれています。

初めての茶事へ


1974年11月10日、午前6時10分起床。

眠い目をこすりながら家を出たのが6時半。

めざすは、お茶の先生のお宅です。

そうです。

今日は、生まれて初めてのお茶事のおけいこなのです。

まず「待ち合い」で、お客様がそろうのを待ちながら、お白湯をいただきます。

初めて茶室へ入る女子大学生

七時になると一度外へ出て、庭の腰掛けに座り、亭主のあいさつを待ちます。

その後、つくばいで手と口を清め、いよいよ茶室へ。

ところが、これが大変。

にじり口は約65センチ四方しかありません。

この日も亭主さんが頭を「ゴツン」。

先生がお茶室が壊れないか心配なさったほど、大きな音がしたのでした。

茶室でいただく懐石料理


無事に茶室へ入ると、まず床の間のお軸を拝見。

「笑不答心自閑(えみてこたえず、こころおのずからしずかなり)」

と書かれていたそうです。

その日は、五人用の茶室に客だけで八人。

しかも新入りが四人。

慣れない言葉づかいで、何とかその場をごまかしました。

そして、いよいよ楽しみにしていた懐石料理です。

最初に運ばれてきたのは、朱塗りのお膳。

味噌汁、ご飯、向付。

ご飯は、きれいに一文字に盛られ、ちょうど三口ほど。

「これだけ?」

と心配していたら、ご飯も味噌汁も二回おかわりが出ました。

さらに、煮物椀、ほうれん草のおひたし、焼魚、そして一口吸い物。

色どりも味も、とってもグーなのです。

さらに「千鳥の杯」と呼ばれる回し飲みもあり、

亭主は、お客様が多いほどお酒がたくさん飲めるというわけ。

「イイナアー!」

その時いただいた海の幸は干しわかめ。

山の幸は、おたふく豆の甘煮一粒。

茶室で懐石料理を味わう女子大学生

少し物足りない気もしましたが、これもまたおいしい。

最後は、おこげ入りのお茶漬け。

そして懐紙で器をきれいに拭き、一斉に箸を膳へ置いて食事は終わります。

いやはや、何と思わせぶりな食事!

でも、そこがまたいいんだな。

なんとなく奥ゆかしくて。

正座との戦い


食後は甘いぜんざいをいただき、ようやく外へ。

その頃には膝がガクガクで、ちょうど「モーアカン」というところ。

しばらく休憩したあと、ドラが鳴ると再び茶室へ戻ります。

床の間には、お軸に代わって椿の花。

後席では、まず濃茶。

一つの茶碗を回していただきます。

続いて薄茶。

こちらは一人ずつ別のお茶碗です。

お客様が多かったため、すべて終わったのは十一時過ぎ。

その時、私の足がどうなっていたかは、

ご想像にお任せします。

私がお茶を好きな理由


確かに「茶の湯」は、実生活に直接役立つものではないかもしれません。

それでも私は、「お茶」が大好きなのです。

毎週日曜日、おけいこへ通うのが本当に楽しみです。

私をそうさせているのは、

合理的で美しく構成された「お茶」そのものの魅力ですが、

それと同じくらい、いや、それ以上に、先生の魅力があるのです。

今年で満七十歳になられた先生は、飾らない、とても心の温かい方です。

暇さえあれば古い毛糸をほどき、ご自分のお孫さんだけではなく、

孤児院の子どもたちのためにも編み物をしておられます。

そんな先生にも、ただ一つ欠点があります。

それは、口が悪いこと。

夏になるたび、

「前か後かわからへん。」

と言われたり、

茶道の先生との会話を楽しむ女子大学生

「あんた、ケニアいうとこ行ったら、仲間がいっぱいおるんと違う?」

と言われたり……。

でも、思ったことを何でも口に出してしまう、

そんなところも先生の魅力なのです。

そんな先生とおしゃべりがしたくて、今朝もまた、

おけいこへ行ってきたのでした。


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