恋を知らないプーさんの、長い冬|蔵田哲之
原題:クマのプーさん ―大人のためのメルヘン―
恋を知らない16才のクマのプーさんは、冬眠のあいだにウォークマンを聴き続け、春になったら「みなみのかぜにのってはしるような恋」をしようと思い立ちます。やがて出会ったのは、かわいいクマのアイちゃん。ぎこちなく始まった恋は、プーさんを有頂天にし、やがて冬の備えさえ忘れさせてゆきます。可笑しくて、少し切なく、最後には静かな余韻を残す「大人のためのメルヘン」です。
恋を知らない16才のプーさん
今年も暗くて長い冬が来ました。
夏の間にクマのプーさんはいっしょうけんめいに働いて、食べ物をねぐらの中にたくさんたくわえていました。
プーさんは音楽が好きで、特にセイコとトシちゃんがお気に入りです。夏に働いているときでも、合い間に音楽をききながら、
「アー、わたっしの一こーいーはー……」
とうたうのが唯一の楽しみでした。
だけどプーさんは、幼稚園の子がうたっているのと同じで、うたの意味を知りませんでした。
そう、プーさんは恋をしらない、恋に恋する16才の男の子なのです。
去年までのプーさんは、冬眠の間いつもねていて、目がさめると大好物のどんぐりのあんころもちをほおばり、おなかが大きくなるとまたねていました。
だけど今年のプーさんは、いつもの年より少したくさん働いて、冬のためにウォークマンを買いました。
春になったら、恋をしよう
雪がとけはじめ、つくしんぼが芽を出して、やっと春が来ました。
小川では、どじょうとふなが、「どじょっこふなっこ」をうたっています。だけど、桜のつぼみはまだまだのようです。
あっ、プーさんが起きだしてきました。
雪の白さがまぶしそうで、目をこすりながら首をプルンとふっています。
ようやく目もなれてきて、プーさんは歩きだしました。
去年までのプーさんは、すぐに次の冬に備えて働きだしたのに、今年はなにか変です。
そうです、プーさんは変わったのです。
冬の間、ずうっとウォークマンを聞いていたので、いつのまにか、
春になったら、みなみのかぜにのってはしるような恋をして、哀愁でいとでバイバイするんだ、

と思うようになってしまったのです。
プーさんは毎日ほとんど働かずに、恋する相手をさがしていました。
だけど、そんな簡単に恋の相手がみつかるはずもなく、毎日しょんぼりと帰って来ます。
そして、一晩ウォークマンを聞いて元気をつけて、また出かけていくのです。
「道でクマに会ったら、死んだふり」
今日もプーさんは、うろうろしながら歩いていました。
すると、道の向こうからかわいいクマがやって来ます。
プーさんは思わず思いました。
見つけた!
しかしプーさんは、どういうわけか道にねころんでしまいました。
かわいいクマはクスクス笑いながら、
「どうかしたの? おなかでもいたいの?」
プーさんは、はっとして、これはクマったと思いながら起きだして、もじもじしながら、
「ううん、なんでもない。おどろいた?」
「そりゃ、びっくりしたわ。だけど、どうしてねころんだの?」
「小さいときにお母さんから、道でクマに会ったら死んだふりをしろって言われてたから……」
「それでねころんだの?! あなたっておもしろいクマね」
プーさんは恥かしさでまっかになりました。
だけど、かわいいクマから「おもしろいクマね」といわれて、内心では、
「うけた!」
と、ちょっぴりほこらしげでした。
もじもじしているあいだに、かわいいクマはプーさんの前を通り過ぎていきました。
プーさんは、今をのがしたらもうチャンスはないと思い、うしろから追っかけていって、かわいいクマの前にいって、またねころびました。
「また死んだふり?」
プーさんは起きだして、
「ううん、そうじゃないけど。あのね、ボク、クマのプーさん。キミは?」
「わたしはクマのアイちゃん。でも、そんなこときいてどうするの?」
「よくわからないから、あとで考える」
「あなたってほんとうにおもしろいクマなのね」
「ほんと? ボクってそんなにおもしろい?」
アイちゃんは、ただあきれています。
「ねえ、どこに住んでいるの」
「わたしは小川のむこうのクマ丁目クマ番地」
「そう。ボクは小川のこっちのクマ丁目クマ番地」
「用事はおわり? わたしは帰るわよ」
プーさんはどうしていいかわからないので、
「う、うん。それじゃ、さよなら」
これはきっと、恋なんだ
その晩、プーさんは眠れない夜をすごしました。
何をしたか、何をしゃべったのか、よく思い出せません。
アイちゃんのことを好きになったのかどうか、自分の気持ちさえもよくわかりません。
こういうのを恋というんだろうとプーさんは信じて、アイちゃんのことを好きなんだと自分に言いきかせることにしました。
そうやって毎日が過ぎていくうちに、プーさんはものすごい大恋愛をしている気分になりました。
だけど、あの日以来プーさんはアイちゃんにあっていません。
そうするうち、ある日プーさんは勇気をふるい起こして、小川の向こうへ、アイちゃんの住んでいるところをさがしに行きました。
クマ丁目クマ番地はすぐに見つかりましたが、プーさんはうろうろするばかりです。
どうしようと迷っているうちに、アイちゃんが出てきました。
プーさんは思いきって、

「アイちゃん!」
と呼びかけました。
アイちゃんは振り向いて、
「あっ、え〜と、プーさんだったわね」
「おぼえていてくれてありがとう。もしひまだったら、いっしょに遊びにいかない?」
「うん、少しだったらいいわよ」
プーさんはうれしくって、いまにも自分がクマであることを忘れそうなほどでした。
その日は小川のそばで、いろいろな話をしました。
その晩は、話をしたことをひとつひとつ思い出して楽しんでいるうちに、朝になってしまいました。
お花畑へ、どんぐりを拾いに
それからのプーさんは有頂天でした。
毎日のようにアイちゃんのところへ遊びに行き、ちっとも働いていません。
もちろん冬の備えなど、全くありません。
ある日などは、
「アイちゃん、きょうはお花畑へどんぐりを拾いに行かない?」
「えっ、お花畑へどんぐりを?」
「そうだよ。さあ行こう」
プーさんはいぶかしがるアイちゃんの手をひっぱり、お花畑へいきました。
「不思議ねえ、ほんとうにどんぐりが落ちているわ」
「うん、ボクがまいておいたんだ」
プーさん得意げです。
アイちゃんはただあきれて、
「あなたって、ほんとうにおもしろいクマね」
白昼夢のなかでは、世界はプーさんを中心に回る
冬が近くなってきました。
しかしプーさんは相変わらず夢中です。
とても哀愁でいとどころではありません。
プーさんは毎日のようにアイちゃんのところへ行きますが、アイちゃんはいなかったり、用事があるといったりして遊んでくれなかったりして、このごろのプーさんは少しやきもきしています。
そうやってあえない日は、プーさんは小川のそばにねころんでいます。
そして一人で白昼夢にふけるのです。
プーさんの頭の中には、アイちゃんがにっこり微笑んでいます。
それはむなしいけれども、そのむなしさを忘れさせるほど、プーさんには素晴らしい時間でした。
その時だけプーさんは時間を支配し、世界はプーさんを中心にして回るのです。
また、それに今度あうときのために、おもしろいことを考えておかなくてはなりません。
それを考えると、プーさんは夜も眠れませんでした。
「ボクといっしょに冬眠しない?」
さあ、冬が来ました。
当然のことながら、プーさんのねぐらには食べ物はほとんどありません。
しかしプーさんは、全然気にするようすもありません。
冬眠にも、もうすぐはいらなければなりません。
そんなころ、プーさんはアイちゃんと小川のそばでおしゃべりをしていました。
「もうそろそろ冬眠ね。春になるまでしばらくお別れね」
「う、うん」
プーさんはしばらく黙っていましたが、突然、
「ねえ、アイちゃん」
「え、なあに?」
「ボクといっしょに冬眠しない?」
「プーさんと?」
「うん。楽しいと思うよ」
「とても無理だわ。プーさんのところには食べ物がなにもないじゃない」
「だけど、ボクはアイちゃんといっしょにトランプでもしていたら、すぐに春になると思うけどな」
「プーさんはそれでいいかもしれないけれど、私はがまんできないわ。おなかをすかして死ぬのはいやよ」
「そうかなあ。それじゃあ今から少し集めるよ」
「今から? 何をいってるの。そこまでおばかさんとは思わなかったわ。それじゃあね、私は帰るわ」
「アイちゃん、まって。ダメ?」
「ダメよ」
「春になったらまた会ってくれる?」
「それはいいけど。でも会ってもしかたないでしょう」
次の春
プーさんはショックでした。

しばらくは体も動きません。
ようやくプーさんは、とぼとぼと歩き出しました。
そしてウォークマンに「ルビーのゆびわ」を入れて、山の奥へ、奥へとはいって行きました。
次の春、プーさんは出てきませんでした。





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