「ぬるま湯」こそ同好会の本質である|蔵田哲之
原題:同好会を斬る PART XXX
四回生になり、庄内が遠く感じられるようになった「おじん」が、去りゆく前にもう一度、同好会を斬る。酒席での珍事件から始まり、話はやがて同好会独特の「ぬるま湯」体質へ。熱い湯とぬるま湯を一年周期で行き来し、「言いたい放題」の中で人が育っていく――。散々なことを言いながら、最後にはこの伝統を残してほしいと願う、蔵田哲之さん流の愛情あふれる同好会論です。
おじんになるのは、もうすぐだ
同好会に入会したのも、今は昔のことになり、最近では庄内も遠くなりました。
練習に行くたびに知らない顔が増え、それになんといっても、あの炎天下でテニスをするのはしんどく、夕方の涼しい時にのみ頑張るようになってしまいました。
ああ、なんとおじんになってしまったことか。
一年や二年の人たちは思っていることでしょう。四年生を見て、
「あっ、おじんや! もう就職していくおじんや!!」
僕は君たちに一言いいたい。

笑うな!! おじんになるのは、もうすぐだ。
さて、おじんはもうすぐ去っていくわけですが、人間なにごとも最後が肝心で、どうやってフィナーレを飾るべきか?
華々しく去るべきか、静かに去るべきか……と考えたあげく、何も思いつかないので『Try Again』にこのアホな文を書くことにしました。
分別のつかない「おじん」Y氏
当然のことながら、おじんになると普通は一人前に分別がつくようになりますが、ここに一人、入会のときからおじんのくせに分別のつかないおじんY氏がいます。
(本人の名誉のために名前を公開できないのが残念です。)
彼はつい最近、酒に酔ってそれを暴露しました。
時は6月X日。
石橋の某呑み屋の2階で練習後の疲れをいやし、参会の一同はみんな上機嫌になっていました。
Y氏は、同席した河瀬氏とともに歌に興がのり、二人して、
「合宿で絶対にみんなで歌おう!」
などと言っているところ、唯一の一年生、中筋氏が突然天をあおぎ、目を閉じ、口を大きく開けて、全身で、
「ハァハアハア……」
と息をしはじめたのです。最初はみんなで、
「なかなかおもしろい芸や!」
などと笑っていましたが、だんだんその笑いはひきつり、ついに、
「これはあかん。病院や!」
いつも真剣一途に生きているY氏、河瀬氏らとともに、病院へかつぎこんだわけです。
この時、本間氏が叫んでおりました。
「死んだら先輩の責任や!」
(幸か不幸か死ななかったので、我々は責任を免れました。)
そして病院で、
「先生、お願いします。」
医者は一目見て大丈夫と思ったのか、笑いながら、
「飲ませたもんも責任とってもらわなあかんなあ〜。ハハハ。」
一同、
「ハァ、すいません。」
しかし、しかしその時、Y氏の顔はひきつり、
「何もここへ連れて来よう思って飲ませたんちゃうわ!」
今度は河瀬氏ら、顔がひきつり、なだめにかかってY氏を帰しましたが、彼は財布をたたきつけて出ていったそうな。
さて、私は呑み屋で待機していましたが、Y氏は怒りながら私に事の顛末を話します。
私は、
「アホ。」
と言いますと、Y氏、
「腹立つやないか。オレは若いんや。」
彼はかつてキャプテンまでつとめた人間でありますが、最近はサラリーマンにはなれないのではないかと、人知れず悩んでいるそうです。
十人十色が、いつのまにか十人一色に
さて、話はかわりますが、同好会の体質、雰囲気というものは一種独特のものがありまして、一言でいうならば、入会するときはみんな十人十色であったものが、いつのまにか十人一色になるという不思議なものです。
そして、その本質は同好会発足当時から変わっていないのかといえば、どうもそうではないようです。
昔はもっとハイレベルで、もっと格調が高かったのではないかと思われます。
まあ昔は昔として、今はどうかといえば、キャッチフレーズをつけるなら、
「おじんよ去れ! 女子はやめないで!」
というところか。
実際、この3年間では女子会員残留率はうなぎ上りになっています。
これは前キャプテンT氏等の功績ではないかと思うのですが。
かといって、こういうムードが支配的で、テニスは手段化しているのかといえばそうでもなく、やはり大多数の人たちはテニスが好きで、テニスの上達を願って練習しています。
中には、
「女しかないやん。」
などと言っている人もいましたが。
(『Try Again』第2、3、4号参照)
なぜ同好会でテニスなのか?

では、なぜ同好会でテニスなのか?
それはテニスが好きだからではないのです。
それは、あの独特の雰囲気。
そう。
あの「ぬるま湯」が好きなのです。
誰でも一度ぐらいは、ぬるま湯のお風呂につかったことがあると思うのですが、手をつけた時、熱いことを期待していたのにぬるいと、全身がチキンのからあげのようになるので、仕方なく体をつけます。
あのとき、じわ〜っとこみ上げる幸福感。
体中がぞくぞくするような快感。
いわゆる、えもいわれぬ境地というやつです。
私などは、考えただけで背中がずず〜っとします。
しかしながら、皆さん御存知のように、ぬるま湯に長くつかっていると、その快感がだんだん体の中から突き上げる不快感に変わり、我慢ができなくなります。
そして、普通の人はここでガスのスイッチを入れて、お湯を沸かすわけです。
これが同好会なのです。
これほど同好会の本質をついた表現はないと思うのです。
夏合宿で熱くなり、春合宿でぬるくなる
ほら、年に一度だけ、シビアが売り物の夏合宿があるではありませんか。
そのあとぬるま湯化がはじまり、春合宿で頂点に達し、幹部交代とともに保守反動体制が始まるというのが、同好会の一年なのです。
で、このことからわかるように、同好会の会員は非常にノーマルであるということです。
だから、ずっとぬるま湯が好きな人、熱い湯だけが好きな人、つまりいわゆるアブノーマルな人たちは体質が合わないのです。
ぬるま湯だけの人は愛好会へ。
熱い湯だけの人は体育会へ。
転会をお奨めいたします。
こうして会員もこの周期で一年を過ごすわけですが、中には秋に熱い湯にして北中杯優勝を飾った尼崎氏がいます。
彼などは、ぬるま湯に戻ったときの弱さは、目をおおいたくなるようなドツボです。
この例などは、よくこの体質を体現しています。
(本人は「秋だけ勝てばええんや」などとうそぶいていますが。)
ところで、熱い湯とぬるま湯の二槽式の風呂屋をつくれば、とてももうかると思うのですが。
「同好会は言いたい放題!」
そして、同好会のもう一つの特徴的な雰囲気は、かつて大橋氏によって的確に表現されました。
「同好会は言いたい放題! 声の大きいものが勝つんや!」
もちろん、大橋氏はこの技術に卓抜なものを持っています。
この傾向は、同好会にのめりこんだ者ほど強いようです。
すなわち、いつも庄内コートにたむろしている人たちです。
この種類の人間は、ほかにすることなし、行くところなし、遊び相手もなし、というわけで、結局話題もないわけです。
この人種は、しばしば次の言葉によって自分を美化します。
「オレはテニスひとすじや。」
事実はどうかといえば、この言葉を隠れミノにした、
アフターテニスひとすじ族がいっぱい!
斬っても斬っても、同好会は健在
これによって、2つの現象が表われます。
一つは、「アホの〇〇」が毎年出現することです。
Y、K、Tなどを入れれば、ぴったりすることと思います。
もう一つは、「同好会を斬る」であります。
何をかくそう――みんな知ってますが――この私などは、同好会を斬りまくった一人です。
最近は少し刃がなまっていますが。
ほんとうなら同好会はぼろぼろのはずなのですが、いまだ健在のようです。
もちろん、斬りつけるからには返り血を浴び、うしろから斬りつけられることもしばしばです。
かつて私は「除名」という刀でズタズタにされ、人知れず心悩ませたものです。
これがもとで庄内で倒れ、
「無念、これまでか。」
と思いきや、しっかり立ち直り、怨念だけで生きて来ました。
というのは冗談で、本当は同好会にしがみついて来たわけです。
やはり、ぬるま湯の快感が忘れられないんでしょうか。
理性はわかっても、体が……。
この伝統を絶やさないように
さて、結局何がいいたいかといえば、この伝統を絶やさないようにしてほしいのです。

つまり、ぬるま湯・熱い湯の2方式併用で、言論の自由を守って――そんなええもんか?――ほしいということです。
これが続く限り、同好会の未来はバラ色に輝いています。
そう思いませんか?
皆さん!





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