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「ぬるま湯」こそ同好会の本質である|蔵田哲之

yasunoritanaka
4月20日
読了時間: 7分

原題:同好会を斬る PART XXX

四回生になり、庄内が遠く感じられるようになった「おじん」が、去りゆく前にもう一度、同好会を斬る。酒席での珍事件から始まり、話はやがて同好会独特の「ぬるま湯」体質へ。熱い湯とぬるま湯を一年周期で行き来し、「言いたい放題」の中で人が育っていく――。散々なことを言いながら、最後にはこの伝統を残してほしいと願う、蔵田哲之さん流の愛情あふれる同好会論です。

おじんになるのは、もうすぐだ


同好会に入会したのも、今は昔のことになり、最近では庄内も遠くなりました。

練習に行くたびに知らない顔が増え、それになんといっても、あの炎天下でテニスをするのはしんどく、夕方の涼しい時にのみ頑張るようになってしまいました。

ああ、なんとおじんになってしまったことか。

一年や二年の人たちは思っていることでしょう。四年生を見て、

「あっ、おじんや! もう就職していくおじんや!!」

僕は君たちに一言いいたい。

庄内のテニスコートで元気な後輩たちを木陰から眺める四回生の男子学生

笑うな!! おじんになるのは、もうすぐだ。

さて、おじんはもうすぐ去っていくわけですが、人間なにごとも最後が肝心で、どうやってフィナーレを飾るべきか?

華々しく去るべきか、静かに去るべきか……と考えたあげく、何も思いつかないので『Try Again』にこのアホな文を書くことにしました。

分別のつかない「おじん」Y氏


当然のことながら、おじんになると普通は一人前に分別がつくようになりますが、ここに一人、入会のときからおじんのくせに分別のつかないおじんY氏がいます。

(本人の名誉のために名前を公開できないのが残念です。)

彼はつい最近、酒に酔ってそれを暴露しました。

時は6月X日。

石橋の某呑み屋の2階で練習後の疲れをいやし、参会の一同はみんな上機嫌になっていました。

Y氏は、同席した河瀬氏とともに歌に興がのり、二人して、

「合宿で絶対にみんなで歌おう!」

などと言っているところ、唯一の一年生、中筋氏が突然天をあおぎ、目を閉じ、口を大きく開けて、全身で、

「ハァハアハア……」

と息をしはじめたのです。最初はみんなで、

「なかなかおもしろい芸や!」

などと笑っていましたが、だんだんその笑いはひきつり、ついに、

「これはあかん。病院や!」

いつも真剣一途に生きているY氏、河瀬氏らとともに、病院へかつぎこんだわけです。

この時、本間氏が叫んでおりました。

「死んだら先輩の責任や!」

(幸か不幸か死ななかったので、我々は責任を免れました。)

そして病院で、

「先生、お願いします。」

医者は一目見て大丈夫と思ったのか、笑いながら、

「飲ませたもんも責任とってもらわなあかんなあ〜。ハハハ。」

一同、

「ハァ、すいません。」

しかし、しかしその時、Y氏の顔はひきつり、

「何もここへ連れて来よう思って飲ませたんちゃうわ!」

今度は河瀬氏ら、顔がひきつり、なだめにかかってY氏を帰しましたが、彼は財布をたたきつけて出ていったそうな。

さて、私は呑み屋で待機していましたが、Y氏は怒りながら私に事の顛末を話します。

私は、

「アホ。」

と言いますと、Y氏、

「腹立つやないか。オレは若いんや。」

彼はかつてキャプテンまでつとめた人間でありますが、最近はサラリーマンにはなれないのではないかと、人知れず悩んでいるそうです。

十人十色が、いつのまにか十人一色に


さて、話はかわりますが、同好会の体質、雰囲気というものは一種独特のものがありまして、一言でいうならば、入会するときはみんな十人十色であったものが、いつのまにか十人一色になるという不思議なものです。

そして、その本質は同好会発足当時から変わっていないのかといえば、どうもそうではないようです。

昔はもっとハイレベルで、もっと格調が高かったのではないかと思われます。

まあ昔は昔として、今はどうかといえば、キャッチフレーズをつけるなら、

「おじんよ去れ! 女子はやめないで!」

というところか。

実際、この3年間では女子会員残留率はうなぎ上りになっています。

これは前キャプテンT氏等の功績ではないかと思うのですが。

かといって、こういうムードが支配的で、テニスは手段化しているのかといえばそうでもなく、やはり大多数の人たちはテニスが好きで、テニスの上達を願って練習しています。

中には、

「女しかないやん。」

などと言っている人もいましたが。

(『Try Again』第2、3、4号参照)

なぜ同好会でテニスなのか?

同好会の一年をぬるま湯にたとえたユーモラスなイラスト

では、なぜ同好会でテニスなのか?

それはテニスが好きだからではないのです。

それは、あの独特の雰囲気。

そう。

あの「ぬるま湯」が好きなのです。

誰でも一度ぐらいは、ぬるま湯のお風呂につかったことがあると思うのですが、手をつけた時、熱いことを期待していたのにぬるいと、全身がチキンのからあげのようになるので、仕方なく体をつけます。

あのとき、じわ〜っとこみ上げる幸福感。

体中がぞくぞくするような快感。

いわゆる、えもいわれぬ境地というやつです。

私などは、考えただけで背中がずず〜っとします。

しかしながら、皆さん御存知のように、ぬるま湯に長くつかっていると、その快感がだんだん体の中から突き上げる不快感に変わり、我慢ができなくなります。

そして、普通の人はここでガスのスイッチを入れて、お湯を沸かすわけです。

これが同好会なのです。

これほど同好会の本質をついた表現はないと思うのです。

夏合宿で熱くなり、春合宿でぬるくなる


ほら、年に一度だけ、シビアが売り物の夏合宿があるではありませんか。

そのあとぬるま湯化がはじまり、春合宿で頂点に達し、幹部交代とともに保守反動体制が始まるというのが、同好会の一年なのです。

で、このことからわかるように、同好会の会員は非常にノーマルであるということです。

だから、ずっとぬるま湯が好きな人、熱い湯だけが好きな人、つまりいわゆるアブノーマルな人たちは体質が合わないのです。

ぬるま湯だけの人は愛好会へ。

熱い湯だけの人は体育会へ。

転会をお奨めいたします。

こうして会員もこの周期で一年を過ごすわけですが、中には秋に熱い湯にして北中杯優勝を飾った尼崎氏がいます。

彼などは、ぬるま湯に戻ったときの弱さは、目をおおいたくなるようなドツボです。

この例などは、よくこの体質を体現しています。

(本人は「秋だけ勝てばええんや」などとうそぶいていますが。)

ところで、熱い湯とぬるま湯の二槽式の風呂屋をつくれば、とてももうかると思うのですが。

「同好会は言いたい放題!」


そして、同好会のもう一つの特徴的な雰囲気は、かつて大橋氏によって的確に表現されました。

「同好会は言いたい放題! 声の大きいものが勝つんや!」

もちろん、大橋氏はこの技術に卓抜なものを持っています。

この傾向は、同好会にのめりこんだ者ほど強いようです。

すなわち、いつも庄内コートにたむろしている人たちです。

この種類の人間は、ほかにすることなし、行くところなし、遊び相手もなし、というわけで、結局話題もないわけです。

この人種は、しばしば次の言葉によって自分を美化します。

「オレはテニスひとすじや。」

事実はどうかといえば、この言葉を隠れミノにした、

アフターテニスひとすじ族がいっぱい!

斬っても斬っても、同好会は健在


これによって、2つの現象が表われます。

一つは、「アホの〇〇」が毎年出現することです。

Y、K、Tなどを入れれば、ぴったりすることと思います。

もう一つは、「同好会を斬る」であります。

何をかくそう――みんな知ってますが――この私などは、同好会を斬りまくった一人です。

最近は少し刃がなまっていますが。

ほんとうなら同好会はぼろぼろのはずなのですが、いまだ健在のようです。

もちろん、斬りつけるからには返り血を浴び、うしろから斬りつけられることもしばしばです。

かつて私は「除名」という刀でズタズタにされ、人知れず心悩ませたものです。

これがもとで庄内で倒れ、

「無念、これまでか。」

と思いきや、しっかり立ち直り、怨念だけで生きて来ました。

というのは冗談で、本当は同好会にしがみついて来たわけです。

やはり、ぬるま湯の快感が忘れられないんでしょうか。

理性はわかっても、体が……。

この伝統を絶やさないように


さて、結局何がいいたいかといえば、この伝統を絶やさないようにしてほしいのです。

夕暮れの庄内コートで世代を越えて語り合う大阪大学テニス同好会の学生たち

つまり、ぬるま湯・熱い湯の2方式併用で、言論の自由を守って――そんなええもんか?――ほしいということです。

これが続く限り、同好会の未来はバラ色に輝いています。

そう思いませんか?

皆さん!


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