テニスが導いた不思議な縁|安福哲男
原題: 偶然のみの人生
「なぜテニスを始めたのか」と振り返ると、その答えは「偶然」だった――。中学時代の英語の先生との出会い、高校テニス部への入部、そして大学で大阪大学テニス同好会に入ったことまで、人生の節目には思いがけない偶然が積み重なっていました。軽妙なユーモアを交えながら、「偶然」と「必然」について考察した、学生らしい瑞々しいエッセイです。
テニスとの出会いは、すべて偶然だった
なぜ同好会に入ったのか。どうしてクラブに入らなかったのか。
それは、ひとえに気まぐれのせいである。
偶然に同好会の存在を知らされたからである。
もし同好会がなければ、今ごろどうしていたことか。
同好会に入ったのは、全くの偶然なのである。
英語の先生がテニス部をつくった
テニスを始めたのは、今から七年前、中学一年生のとき。
その年に転任してこられたH先生がテニス部をつくられた。
そのH先生が、たまたま英語の先生だったから、テニスをやるはめになってしまった。
中学一年生といえば、英語を習う最初の年である。
誰もが英語に不安を抱いていたし、もちろん僕も例外ではなかった。

そこで、「英語の先生であるH先生とつながりを持てば、あるいは……」と考えたのである。
ああ、何と打算的だったんだろうか!
もしH先生が国語の先生だったら、美術の先生だったら、おそらくテニスなど始めなかっただろう。
テニスを始めた動機も、全くの偶然なのである。
最下位だった全国大会
中学二年、十四歳のとき、某保険会社主催の全国ジュニア選手監督招待庭球大会へ参加した。
H先生から「この大会に参加してみないか」と言われたときは、自分の耳を疑った。
「まさか!」
しかし、その話は現実になった。
そして大会の結果は、もちろん堂々の最下位。

北は北海道から南は九州まで、各都道府県から監督一名、選手二名が参加する大会で、その中の最下位だった。
何とこれが、我がテニス人生最初の汚点だったのである。
あとで聞いた話では、本来は別の人が参加する予定だったものが、どういうわけか偶然H先生のところへ回ってきたのだという。
やはり、これも全くの偶然だったのである。
高校でも、偶然テニス部へ
中学卒業直前、H先生に聞かれた。
「おまえは高校へ入ってもテニスするんか。」
そのときは、「わかりません」と答えた。
正直なところ、あまりテニスをする気はなかった。
というより、高校のクラブは厳しいと聞いていたので、入部する気になれなかったのである。
ところが、高校へ入学して数日後のクラブ紹介の日。
なぜか体の中にムラムラと、わけのわからないものが込み上げてきた。
春だったので、陽気で頭がおかしくなったのだろう。
「テニス部へ入ろうかな。」
そう思って部室の前をうろうろしていた。
実際、熊のように歩き回っていたのである。
決心がつかなかったのだ。
そこへ、Iという陰気な(あとで、この悪質な性格を知ることになるのだが)男が、たまたま、
「お前、テニス部に入るんか。」
と声をかけてきた。
「ああ。」
と答えると、
「いっしょに言いに行こう。」
と言うので、ついて行くと……。
テニス部へ入ってしまった。
全く主体性がなかった。
あのとき、Iさえ来なければ、おそらくテニス部へ入っていなかっただろう。
このときも、偶然、偶然、また偶然だったのである。
偶然と必然
そして大学へ入学し、現在こうして同好会に籍を置き、日夜戦い続けている。
振り返ってみれば、ほとんどが偶然の連続であった。
よくよく考えてみれば、テニスに限らず、ほかのことに関しても、「偶然ああいうことになった」という例は多い。

いや、そういう場合がほとんどではないだろうか。
しかし、必然を含んだ偶然――つまり、「こうしよう」と思っていた結果、偶然そうなったこと――と、全くの偶然とは区別しなければならない。
全くの偶然も大切にすべきだろう。
しかし、それ以上に、必然を含んだ偶然を大切にしていかなければならないと思うのである。





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